朝の勤行(メディテーション)をしていると、窓の外から鳥の声が聞こえる。
「ホヒホヒホヒホヒ」
「ワヘワヘワヘワヘ」
中には、
「ギッミーギッミー(Give it to me =よこせ)」
「アンリライアブリー(Unreliably=信用できない)」
そして、
「フォーゲレ(Forget it=どうでもいい)」
そんなふうに聞こえる鳴き声もある。
僕の精神状態を反映しているのか。鳥たちもまさかそんなことを言ってはいないだろう。
YouTubeで毎日少しスペイン語会話を聴いているが、「バレ(Vale=了解)」「ヘニアル(Genial=最高)」「トダビアノ(Todavia no=まだ)」など、単語が少しずつ耳に入ってくるようになった。
僕の頭の中で、鳥の声を聞く回路と外国語を聞く回路は同じなのかもしれない。
それにしても、AIの翻訳機能の発達で、誰でも同時通訳が可能になってきた。外国語を勉強する世代は僕たちが最後かもしれない。
誰もが多言語を使えるようになったら、世界はどうなるだろう。
日本人のような非英語スピーカーにとっては、大きな障害が1つ減ることになる。
そして、言語の壁が取り払われた時に問われるのは、リーダーシップと包摂的なものの見方、さらに独創性ではないか。
逆に、旧来の語学教育、リーダーシップ、政治的分断、格差社会など、今まで言語や文化や政治の壁に守られて来た権威の価値が改めて検討にさらされるだろう。
今までの常識が「アンリライアブル」になる時期が迫っているのかもしれない。