今朝の夢は、新しいブログの構想を考えている夢だった。


ロースクールのエッセイに使うIRAC方式で、Issue(問題)、Rule(ルール)、Analysis(分析)、Conclusion(結論)の構成にする。


メインの問題は、3つぐらいの小テーマに分けよう。結論は、単なる問題解決ではなく、発展的なプロセスになるようにしよう、などと考えているうちに、目が覚めた。


残念ながら、ブログのテーマが何だったのかは覚えていない。


なぜこんな夢を見たのか。最近気になっている事がいくつかある。


①僕のアメリカンドリーム?

②ブログの将来(消滅しないか?)

③夢を果たすのに、家族や友人の理解は必要か?


忘れないようにメモしておくと、

①僕のドリーム:

70年代や80年代によく言われた「アメリカン・ドリーム」という言葉を最近はあまり聞かない。良い仕事をして、リッチになって、大きな家に住む、というアメリカ人共通の理想が現実的ではなくなったということだろう。


代わりに、今では「自分サイズのドリーム」で良いと感じている人が多いと思う。


僕のドリームは、自由な人生だ。


それは、精神的自由、身体的自由(病気の制限も含めて)、空間的自由(アメリカ拠点にメキシコにも興味がある)、ビジネスの自由、時間的自由(過去と未来の自分との対話)のことだ。


そして、観察、試行、再設計のループをいつまでも回し続けること。僕のドリームには終わりがない。


②ブログの将来:

3年前からブログを書き始めて、今までに700本近く書いた。このまま続ければ、1万本まで行くかもしれない。


しかし、ブログというメディアは将来も残るだろうか。おそらく、他のメディアと融合しながら、形を変えて続いていくだろう。


人間の「外部脳」として、また、AIとともにライフコーチとしての役割も出てくるかもしれない。


僕が今書いているブログも、将来の自分に対するメッセージだと思っている。


③家族や友人のフードバック:

内省の閉じたループにはまりがちな僕にとっては、家族や友人のフードパックは、現実に着地するために必要不可欠かもしれない。


などと考えながら、図書館の椅子に腰掛け、時間と空間の中を漂っているマイペースの僕であった。