僕が5歳の時、北海道から新潟に家族で引っ越した。
青函連絡船に乗って、初めて海を見た僕は「でっかいドブ!」と目を丸くしたそうだ。それまで、家の前の排水溝しか見たことがなかったらしい。
その影響かはわからないが、航海記や漂流記が好きだ。「コンチキ号漂流記」「ドクトルマンボウ航海記」「ロビンソン・クルーソー」「漂流(吉村昭)」など。
どこに魅力を感じるのだろう。個性的な男たちが、手製のイカダに乗って南米大陸からイースター島まで航海する「コンチキ号」。
「漂流」では、江戸時代に鳥島に漂着した男が、アホウドリを捕まえて食べ、干し肉にして冬に備え、鳥の毛皮を着て、何年も過ごした実話が描写されている。
無人島に漂着したロビンソン・クルーソーは、自分の小屋を作り、垣根をめぐらし、銃を持って島の反対側に探検に行き、ウミガメを捕まえて食べたり、タバコの葉で風邪薬を作ったり、自分でカレンダーを作ったりする。
内容はそれぞれ違うが、共通するものは、人間が自然の中でどうやってサバイバルするか、という試行錯誤の記録であること。
しかし、コンチキ号の乗員たちが毎朝イカダの上に打ち上げられた魚を焼いて朝食にする話や、鳥島の男が難破船から見つけた大豆を使って酒を作る場面など、人間らしい一面が見える。
僕たちも、世界自体が漂流しているような時代を生きている。生きるための工夫をしながら、ときには愉快に笑いながら、そうした毎日を綴る探検記のようなブログを書いていきたい。