「トヨジーさん、よく“ウルトラC”って言うけど、それって日本語ですか」


「え、知らないの? 必殺技のことだよ」


若い日本人と話していると、僕の話す日本語に驚かれることがある。アメリカに来たのは80年代なので、逆に言うと、僕の日本語は40年間あまり変わっていない。


ネットで検索してみると、オリンピックの体操競技が語源の「ウルトラC」を理解できるのは60代以上に限られ、今やほとんど死語という。


他にも、「今日はめちゃんこ暑いな」などと当時ふつうに使われていた「めちゃんこ」(非常に、の意味)も、今では関西の一部を除いて、ほぼ使われないという。


意外だったのは「ドツボにはまる」という表現が、今でも通じること。この違いは何なのだろう? 


もしかすると、比喩が“状況そのもの”に密着している言葉は残りやすいのかもしれない。


ちなみに「ギャフンと言わせる」(ぐうの音も出なくする、の意味)という表現は、ほぼ絶滅したらしい。僕でさえ、実際に「ギャフン」と言っている人を見たことはないが…。


逆に、タイパ、パリピ、ディスる、など新しい日本語はどんどん生まれ、10年足らずで使われなくなることも珍しくない。


ロサンゼルスの日本食スーパーのフードコートに「スタ丼屋」ができたときには、「スタジアム丼」のことかと思っていた。


言葉の更新速度に比べて、人間の更新速度はあまりに遅い。

僕は、昭和の辞書を持ったまま、21世紀の異国を歩いているのかもしれない。