「Flowers for Algernon (アルジャーノンに花束を)」を読んでいる。


知的障害をもつ青年チャーリーが、実験的な脳の治療でIQ200を超える知能を得るまで、とその結果を描いたフィクション。


60年代の作品だが、最近のAI技術の普及などを考えると、創作とは思えない現実味がある。


本は、チャーリーの日記の形で進行していく。


始めはつづり間違いだらけの幼稚な文章だが、やがて周囲の観察や幼い頃の思い出の振り返りが増えてくる。


それにつれて、今まで友人だと信じていた同僚たちの悪意や、自分を手放した母の苦悩(と身勝手さ)などが分かってくると、感じたことのない失望と孤独に襲われる。


ところで、アルジャーノンというのは、チャーリーに先立って脳の治療を受けたマウスの名前だ。アルジャーノンと競って迷路をクリアする中で、チャーリーの中にマウスとの「友情」が生まれてくる。


ある日、アルジャーノンの行動に異変が起きる。脳が再び退化し始めたらしい。


自分にも退行現象が起きると気づいたチャーリーは覚悟を決め、愛し始めた女性に別れを告げる…。


人間の知性について問いながら、ストーリーは自分を捨てた母に対する愛、アルジャーノンへの友情、女性との短い愛と別れなど、心の揺れがリアルに描かれている。


人間の知性とは何だろう。


知識が増えれば幸福になるのか。真実を知れば孤独になるのか。


チャーリーは知能を手に入れたことで、多くのことが見えるようになった。しかし同時に、今まで見えなかった人間の残酷さや、自分自身の傷とも向き合わなければならなくなった。


AIが急速に進化する時代に生きていると、「より賢くなること」が無条件に良いことのように思えてくる。


だが、この本を読むと、人間を人間らしくしているのは知性だけではないと感じる。


誰かを愛すること。
誰かを許そうとすること。
誰かのために花束を手向けること。


そうしたものまで含めて、人間なのだろう。


「Flowers for Algernon」は、人間の知性についての物語であると同時に、人間の優しさについての物語でもある。


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