先週、ランチに入ったハンバーガー店は満席だった。
スクリーンに映っていたのは、ワールドカップのメキシコ対南アフリカ戦。平日の昼にもかかわらず、ビールを何杯もおかわりする人が目立つ。緑のユニフォームも多い。
外に出ると、近所のメキシカンレストランも混んでいた。通りにはメキシコの代表Tシャツを着た若い女性が歩いている。
これまで“存在しているのに見えていなかった人口”が、一気に可視化されたような感覚になる。
アルゼンチンのユニフォームも時々見かける。おそらく他の国籍の人々も、それぞれのチームを通して街の中に分散しているのだろう。
サッカーの面白さは、試合そのものよりも、こうした“都市の再編成”を一時的に引き起こすところにあるのかもしれない。
一方、今日立ち寄ったドーナツ店。サウジ対ウルグアイの中継では、客の反応は薄かった。
同じスポーツでも、関与する国によって熱量が全く違う。スポーツは娯楽であると同時に、国籍・帰属意識・距離感をあぶり出す装置でもある。
ちなみに、我が家では、アメリカ育ちの息子たちは、アメリカチームの動向が気になるらしい。アメリカの勝率予想が3%と知って、がっかりしていた。
政治、経済、文化の影響力を測る指標はいろいろあるが、サッカーはその中でも「見えない国境」を一時的に可視化する力が突出しているようだ。