生活の中で「小さなリセット」が増えた気がする。


クッキーやチップスをちょっと多めに買ってみたり、仕事の場面でこれまでより大胆に提案してみたり、誰かに合わせて無理に笑わなくなったり。以前の僕なら選ばなかった選択を、当たり前のようにしている。


何か変化の前触れなのか、年をとって図々しくなっただけか、あるいは本当の自分に戻っていく過程なのかはわからない。でも、きっと悪いことではない。

国立公園で見つけたもの

少し前、テキサス西部のビッグ・ベンド国立公園の話を聞いた。


広大な砂漠と山と、国境を流れるリオ・グランデ川。


夏になると、川が干上がって、メキシコ側に歩いて渡れるようになると聞いて、なんとも不思議な気持ちになった。


国と国の境界が、自然の力で一時的にあいまいになる——それは、僕たちが普段、当たり前だと思っている「境界」や「制限」も、本当はもっと自由で柔軟なものなのではないか、と思わせてくれる。


実際、国立公園でボランティアとして働いている人たちの中には、戦争のトラウマを自然の中で癒してきた人もいるそうだ。


文明の音がしない、広大な自然の中で過ごす時間。人間の営みから距離を置き、ただ太陽の動きに合わせて暮らすことで、忘れていた感覚を取り戻していく。

変わってきた僕

僕も、日々の中で少しずつ変わってきている。
夢をもう一度掘り起こそうとしているし、権威に対して疑問を持つことを口に出すようになった。他人の食事のペースを気にせず、自分のタイミングで箸を進めている。


こういう小さなことの積み重ねが、心の中の何かを解放してくれる気がする。


リセットといっても、全部を壊す必要はない。少しの「戻す」「変える」「緩める」だけで、人はまた前に進める。

友人の山間の暮らし

そんな中、大学時代の友人夫婦が昨年、東京から奥さんの実家がある兵庫県の山間部に引っ越した。自然に囲まれた暮らしの中で、友人は近所の男衆に誘われて飲み会を楽しんでいるらしい。

都市では出会えなかった人間関係や時間の流れの中で、彼は何かを見つけつつあるのだと思う。


僕もその生活を一度見に行ってみたい。山の空気を吸い、地元の人と話し、自然の中での生活に触れることで、新潟の田舎で育った自分の中にある「シンプルに生きる」という原点を確かめたいのかもしれない。

結びに

人が本当に求めているのは、他人との比較や贅沢という浮かれた幸福ではなく、自給自足に近い生き方や、自然とともにある暮らしがもたらす癒しなのかもしれない。


それは、たった1度の大きな決断でなく、日常の中の小さなリセットの積み重ねで近づいていけるものだと思う。


まずは、ベッド脇の小さなテーブルを片づけ、夕食後のダイニングで1人お茶でも飲もうか。そこからまた、何かが動き出す気がしている。


あなたの中の小さなリセットは、最近どんな形をしていますか。


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