玄界灘の豆腐売り
トヨジーはロサンゼルスの空港に降り立った。
「……演歌だ。」
そう呟くと、近くの警備員が怪訝な顔をした。
インドでの瞑想体験以来、頭の中には「未来を救うのは演歌」という謎のメッセージがこびりついている。
「しかし、演歌って……どこでどうやって?」
アメリカで演歌を学べる場所などあるのだろうか。
そんな時、運命の出会いが訪れる。
夜明け前の豆腐屋
翌朝、トヨジーは時差ボケのままロサンゼルスのリトル東京をふらついていた。
「……豆腐?」
通りの片隅に、小さな屋台があった。
『玄界灘の豆腐 夜明け前から営業』
髪をオールバックにした強面の男が、震える手で豆腐をすくい、そっと木箱に並べている。
「すみません、一丁ください。」
「……へい。」
男は、ふるえる手で慎重に豆腐を包み、トヨジーに手渡した。
「お、おじさん……手、大丈夫?」
「ああ、パーキナオルが効かなかったんだ。」
トヨジーは息をのんだ。
「……!」
「まあ、仕方ねえよ。俺は“1割の男”だからな。」
「……それで、豆腐を?」
「俺のじいさんが、福岡の玄界灘で豆腐を売ってたんだ。病気になっても、毎朝豆腐を作るのをやめなかった。」
男は、玄界灘の海風を思い出すように、遠くを見つめた。
「じいさんの口癖だったよ。“豆腐は気合で固まる”ってな。」
「……深いな。」
トヨジーは、震える手で作られた豆腐を一口食べた。
——うまい。
舌の上でとろけるような、柔らかくも芯のある味だった。
「名前は?」
「……“ジョー”。」
「ジョーさん、俺、演歌を歌わなきゃいけないらしいんだ。」
ジョーは眉をひそめた。
「……演歌?」
「そう。未来の俺が言ってたんだ。未来を救うのは演歌しかないって。」
「……そうか。」
ジョーはしばらく黙っていたが、やがてボソッとつぶやいた。
「演歌は、豆腐に似てる。」
「え?」
「シンプルだが、深い。」
「……!」
「いい歌ができたら、ここで歌ってみな。俺が聴いてやる。」
トヨジーは、心の奥が震えるのを感じた。
——ここから始まるのかもしれない。
未来を変える、演歌の旅が。
(つづく)
Photo courtesy of Chopstick Chronicle