ロサンゼルスからグアテマラに旅行した時、飛行機が最短距離のメキシコ上空を飛ばず、テキサス上空を迂回して行くのが不思議だった。


ジェット気流や山岳地形、途中の管制システムなどの関係から、直線航路が必ずしも最短とは限らないらしい。


最近、「人生はゴールに向かう直線ではなく、ゴールを通過しながら意味が変化していく曲線である」という考えが頭に残っている。


最初は奇妙な表現だと思った。


人生とは、目標を立て、それに向かって進み、達成するものではないのか。出発点があり、到達点があり、その間を努力で埋めていくものではないのか。

しかし振り返ると、その直線モデルには収まりきらないものがある。


たとえば、アメリカ永住権を取得したときのことだ。


取得した瞬間は確かにうれしい。しかし、その喜びは長くは続かない。すぐに「次は何をするか」という問いが立ち上がり、「自分はどこへ向かうのか」という別の視点が生まれる。


つまり、ゴールは終点ではなく、視点が切り替わる“通過点”のようなものだったのではないか。


人生は、そのようにして曲線として現れる。


進むたびに向きが変わり、ある地点に到達すると風景が変わる。そして、風景が変わると、意味の感じ方もまた変わっていく。


同じ出来事でも、時間が経てば意味が変わる。失敗でさえ、別の意味を帯び始める。


人生とは出来事の集まりではなく、「意味の変化の軌跡」なのかもしれない。


「完成」にこだわる必要はないのかもしれない。

むしろ大切なのは、変化し続ける自分をどう見つめるかということだ。


目標はある。しかしそれは最終形ではない。むしろ、次の自分を生み出す“きっかけ”のようなものではないか。


人生が曲線だとすれば、迷いは必ずしもマイナスではない。


むしろ、それは進路が変わる前触れ、あるいはターニングポイントなのかもしれない。


リストラ、病気、試験の不合格。振り返ってみれば、人生の重要な変化は、どれも“曲がり角”から始まっている。


もし人生が曲線ならば、「正しい一本の道」を探す必要はないのかもしれない。


代わりに必要なのは、自分がどのように曲がっていくのかを観察することだ。


ちなみにロス〜グアテマラ便は、実際にはまっすぐ直線で飛ぶこともあるらしい。


それでも、人はしばしば迂回する。そしてその迂回が、結果的に一番自然なルートになっていることもある。


Photo courtesy of Reddit