【神道つれづれ 139】
※R7,8発行「社報」284号より
今月は、原爆の日・終戦記念日の月。人間の尊さ・人とは何か。人としての在り方・・等。毎年、この時期に、自問自答しています。
今の日本は、戦争とは程遠い立場にありますが、経済面では、格差社会の影響下、物価高騰と収入(給与・年金等)のバランスとのずれ。更に、年々拡大傾向にある地球規模の天変地異・・等。 決して、生きやすい時代とは言えないように思います。
私のような一般人が、その対処方法を思案してみても、何もできるわけではありませんが、一家の衣・食・住を支える主婦としての役割は大きく、先行きを案じ出来ることを家族で協力しながら、何とかやっています。
そんなケサラセラの精神で、何とか乗り切ろうと、日々頑張っておられる方も多いのではないでしょうか。それでも、限界はありますね。
就職困難な氷河期時代を経験した世代。本来ならば、多くの人が結婚・出産・子育てと、生活基盤が安定し、職場でも、将来を担う立場になっているのかもしれません。
幼少期時代は、バブル経済の影響を受け、その親世代は、ローンでマイホームを新築。当時は、好景気で、あちこちに遊園地なども出来ました。
その後、バブルがはじけると、住宅ローン返済が難しくなり、新築のマイホームの売却を余儀なくされる世帯も続出。
マイホーム購入・教育費の高騰で、貯蓄困難になった親世代。その子ども世代は、大学を出たものの、正規の就職先が限られ、就職困難な氷河時代に突入しました。
本来は、これからの社会を支える鍵となるのは、中年層世代であったかもしれません。でも、超高齢化社会が進んだ今、それを牽引出来る鍵となるのは、親世代である中高年層かもしれないとも考えてみたり・・。
その暮らしが不安定なまま、今も物価高騰は続いています。現状を打破するには・・と思案の日々が、最近、ずっと続いていました。
そんな時、中国新聞(7/26)に[氷河期は終わっていない]の記事を目にしたのです。
筆者は、論説腹主幹 漆原毅さん。
今回は、この記事の中から、気になった部分をご紹介します。※以下本文より引用
「セミが本格的に鳴き始めた。広島市の平和記念公園前を歩いていると、膝より低い樹の杭に抜け殻を見つけた。もっと、高い所で安心して羽化したかっただろうに。
滑稽にも見えたが、土の中から木の高さは分からない。人間も大して変わらない。
様々な判断をしていく中で、どう進めばどんな人生になるかなど 分かるわけがない。
選んだ道のすぐ先が崖の場合もある。世の中には、やむなく不遇の環境に陥る人がいる。だから、困っている人には優しくありたい。政治や社会もそうあるべきだ・・中略・・
有名大学の学生でも100社に落ちて当然の時代だった。社会に出る直前に、自分が必要とされていないと通告されたに等しい。皆一様に打ちひしがれたのだ。
私を含め、そんな世代の先陣は、五十代半ばになった。今も不本意ながら非正規で働く同級生が何人もいる。学校を卒業した年によって就職活動は変動する。
個人の努力でどうにかなる話ではない。その差を埋めるのが政治ではないか。・・
以下略。
参議院選を終えたばかりのこの記事に、今後の国政への期待も感じられました。
弱い立場の人を、強い立場の人がフォローし、不運だと片付けない。
そんな社会の仕組みが、構築されるといいですね。