【神道つれづれ 145】

R8.3発行 「社報」291号より

 

 

今月は本年度の最終月。年度の締め括りとして、来年度の準備月として重要な月です。この一年間、生き生きと自分らしく暮らせたのか、振返る月でもありますね。

そして、来年度の目標に向かって 準備を進めていらっしゃる方も おられる事でしょう。

同じ時間・空間・場所を共有している仲間でも、その暮らしや思いは人それぞれ。

この差って、何なのかなって、ふと思うことがあります。

外見の評価はともあれ、自分自身が振り返り考えることは、とても重要な気がします。

自己の内面と向き合い、自分が心から嬉しいと思える瞬間を思い出し、自分らしさを発見出来たら、それが一番尊い時間になります。その瞬間も  人それぞれ。

若いうちに気づける人もいれば、年を重ねて気づく人もいる。まだ、自分らしさや自分の内面の尊さに気づけないままの方もおられるかもしれません。それでも、一人一人の存在が、今という瞬間に共存・共生しているのですから、何が欠けても 今というこの瞬間は存在しないのではないか・・。と。

一人一人の命の尊さに気づいた瞬間でした。

 

これは、昔、読んで影響を受けた五木寛之著『大河の一滴』幻冬舎発行 のお陰かもしれません。あれから30年。90過ぎた五木さんが 幻冬舎から『大河の一滴 最終章』を出版されたとか。今回は、その中からの紹介です。

 

「私は二十代の青年のように〈人はなぜ生きるのか〉を考え続けた。生きる目的というか、実感として それを考えざるを得なかったのである。あえて「大河の流れ」に逆行するような日々を生きるには、どうしてもそれが必要なことだったのだ。私のたどり着いた結論は、きわめてシンプルなものだった。「人は誰かのために生きる」という素朴な結論である。

「自分自身のために」では力が出ない。私は終戦後、生きようとして それが 果たせなかった母のために 生きようと思った。一日でも長く生きるためには、目標がなければならない。何かのためではなく、誰かのために という思いがエネルギーとなって自分の命を支えるのだと私は思う。

私は幸運にも生き続けている。それはただの幸運ではない。生者は死者のために一日でも長く生きる義務があると思う。

偉そうなことを書いたが、大河も逆流し、迂回し、流れ続けて海へ注ぐのだ。・・・

この一冊が逆流のなかを生き続けている方々へのささやかな励ましとなれば幸せなのだが。    2025年12月 著者」

 

 

これは、「あとがき」からの引用ですが、苦難を乗り越えた五木さんからの手紙のよう。今は、いろいろと生きることが難しいですが、日々、小さな喜びに感謝できる人でありたいと思いました。感謝。