【神道つれづれ 79】
※R2.3 発行「社報」219号より
先日、ディズニーのアニメ映画『リメンバー・ミー』が、テレビで放映されていました。これはメキシコの「死者の日」をテーマにしたものでしたが、私にとって興味深く、学生時代、古代人の死生観について考えていたことを思い出すきっかけになりました。国や宗教、個人によっても死生観は違います。その死生観は、自分のルーツを知る手掛かりにもなります。
私は、子どもの頃、父から人のルーツには血統と霊統があると聞いたことがありました。それが、頭の片隅に残っていたのでしょう。
記紀神話には、これらが混在していて、明らかにすることは難しいですが、グローバル化する未来の平和を考える時、地球規模での人類のルーツが、重要になるかもしれないと思ったものです。
さて、『リメンバー・ミー』の主人公は、12歳の少年ミゲル。音楽禁止の家訓がある家で育ちました。メキシコには、家族や友人たちが集い、故人を偲ぶ「死者の日」があります。日本のお盆に似ていますね。
この日は、各家庭で祭壇に先祖の写真を祀り、先祖に最大の敬意を捧げる風習があるそうです。ミゲルの家も同様ですが、音楽禁止の原因になった曾祖母ママ・ココの父親の写真がありません。家族を捨てた人として、飾られることはなかったのです。
この映画では、死者の国と現世をミゲルの姿を通して紹介しています。死者の国の様子は古代メキシコでは先祖の骸骨を飾る風習があったため、骸骨に生前の衣服をまとった姿で表現されていました。
現世で生きるミゲルは、死者の国では、その姿を骸骨に化粧して紛れ込むことになります。
アニメというのは、イメージを映像化することができ、より具体的に視聴者をその世界に導いてくれます。見慣れていくと、異様に感じていた死者の国の骸骨が、違和感なく見えてくるから不思議です。
人間の脳というのは一体どうなっているのかと、その有難さにも気づかされます。
学生時代、世界の古い文明で先祖や英雄の骸骨を大事に飾っている民族の話をいくつか聞いたことがありました。日本にも、それらしき風習が残っていたようで、村のはずれに土葬し、数年後掘り起こし、きれいに洗って墓に葬るというもの。火葬が義務付けられる随分前の話です。
人は死ぬと骨が残る。その骨を愛おしく思う。魂や霊魂という概念が生まれる前は、目に見えるもの・物質だけが頼りだったのかもしれません。
一方、目に見えないもののルーツに霊統があるとすれば、才能・能力・素質の継承というべきでしょうか。
このミゲルの音楽才能は、群を抜いていたようです。音楽禁止を家訓にして育ったはずなのに。
「蛙の子は蛙」「鳶が鷹を生む」私たちが、違和感なく使っている諺ですが、人類のルーツを合わせ考えると興味深いです。人類史レベルでの遺伝子に、血統・霊統の謎が伝えられているとしたら、面白いですね。