【神道つれづれ 143】

※R.7.12発行 「社報」288号より

 

 

幼い頃の思い出が  ふと蘇り、何となく気になって仕方がないという経験はありませんか。

還暦を過ぎてから、その傾向は顕著になり、何故そうだったのか、無性に答合わせをしたくなりました。

それは、小学三年生の頃、図書室の利用の仕方の授業のことでした。

自分の読みたい本を見つけて読む。唯、それだけなのに、なかなか気になる本が見つからず、全ての本棚を見て回り、気になるジャンルの棚から 面白そうなタイトルを探したように記憶しています。 その時、選んだのは『森は生きている』。

 

当時、大蔵嶽の奥宮(岩屋)は奥の院と呼ばれており、私は崇敬会員の皆様と一緒に毎月の大蔵嶽の奥宮登拝に参加していました。私にとって、森と言えば、大蔵嶽の森で、『森は生きている』というタイトルが、自分の心底に 何か訴えるものがあったのでしょう。

 

開いてみると戯曲(演劇の台本)で、背景も会話もイメージでき、まるで飛び出す絵本のような衝撃を受けました。授業時間では足りず、放課後も本の続きを読むために図書室に行っていたことを思い出しました。

 

最近、この本が岩波少年文庫として出版されていたことを知り、購入。

筆者は、ソビエト児童文学界の長老とされたマルシャーク。翻訳者は、湯浅芳子さんだったようです。原題は、実は『十二月』だったそうですが、対象が子どもであること、内容も鑑み 出版時に『森は生きている』に改題したことが記されていました。

 

『森は生きている』というタイトルでなかったら、当時の私は 手に取ることも読むこともなかったでしょう。私には、重い本だったこともあり、借りて帰る時間もなかったため、本の続きが気になり、自分の空想の世界に入り、月の精霊たちと会話を交わした記憶も蘇りました。  あれ?。これだけだったかなっと・・。

 

幼い頃に出会った特別な本は、いつの間にか 将来の自分に続いていました。

たった一冊の本でも、その出会いが自分の人生に深く影響を及ぼすこともあります。

幼い頃の出会いや記憶って、不思議で面白いものですね。

 

一年間、有難うございました。