人生は旅です。

その名所は経験とそこで生じる喜怒哀楽という感動です。

実は意外と私たちはこの喜怒哀楽を平均的に経験しているのですが、怒哀のインパクトが強いためどうしてもマイナスのほうに傾いてしまいます。

神仏はどんな時も私たちの成長を見守り見放すということはありません。

辛いときだけ神仏に報告(お願い)するのではなく、楽しいときも、うれしかったときも神仏に報告して感謝の気持ちを表したいものです。

自分の心のなかで、今日の出来事で良かったこと、辛かったことなどを報告して内観することが、明日の成長にもつながっていくのではないでしょうか。

報告、連絡し、自分の心の中で相談(内観)することにより神仏との絆は強まり必ず答えは見いだせるものです。

魔がさすとは間ともいいます。

神仏との距離が開くと間があき、そこから魔がさします。

報連相は人間関係だけではなく、神仏と人との関係にも関わるものですね。