このブログによく戦国時代の話が出てくるが、自分は戦国時代を手本にするといいといつも思っている。
なぜなら戦国武将それぞれが一国一城の主であり、歯科医院経営者と同じだからである。
何も歴史書を詳しく紐解いて史実を知る必要はない。
大河ドラマなどを観ての影響でもいいと思う。
こんな事を言ったら始まらないかも知れないが、真実はわからないのだ。
自分はよく人に話すのだが、戦で籠城する場面がある。それが歯科医院経営ととても相似していると思う。
その主に力や蓄えがあれば、城は持ちこたえられるしそれがなくば、1人また1人と城を出て行き最後は兵糧も尽きて自刃する場面がよくないだろうか?
スタッフが一度に退職したという経験を何回もしている自分はそう思ってしまう。
武田信玄は「人は城、人は石垣」と言ったのは有名な話で、今に通じると思う。
しかしよく語られている事で、信玄の兵は基本は農民なので農繁期は出動できない。
それに比べ織田信長は兵農分離が出来ていた。これは津島の港で貿易をして儲けていたからできた事である。
信玄は甲斐という山に囲まれた場所のため、物が取れない。特に塩が取れない。よく言う上杉謙信が信玄に塩を送った「敵に塩を送る」は有名な話である。
だから歯科医院でも衛生士の役割が、しっかり別れていないといけない。
さらに言うならば、他院で業務をやってもらっている人数よりも少ない人数をやってもらい疲弊させない事も大切である。
そのためには十分な数の衛生士と助手が必要となる。
採用→継続→持ちこたえる資金力
が全て揃っている医院が制すだろうといつも思っている。
信玄は甲斐から京都が遠かったので上洛には無理があった。
しかし信長は京都まで近い。立地、マーケティングは最も大切である。
信玄、信長以前に山口県に大内氏という一大勢力があり、大内義興は将軍足利義稙を奉じて上洛を果たしたがやはり遠いためすぐに帰還した。また信長の様な自らが天下人になるという発想がなかったのもある。
自分などは土地を買う資金がなく、三河辺りで開業を考えていたが地主に建物を建ててもらい、多額の家賃で開業するという策を打診されたが勇気がなく出来なかった。そのためほぼマーケティングなしで最初のテナントの場所で開業したため苦しんだ経緯がある。当たり前の結果である。
確かに知り合いでも若くてもかなりの借金をし、それを成功させている人もいると思うし尊敬する。
ただここで肝心な事は
「人と比べてはいけない」
という事だ。
自分はこのような経緯でやってきたが、自分のやってきた事を反省はしても何ら後悔していないし、良かったと思っている。
前にも述べたが、毛利元就や北条早雲、徳川家康の様に長く現役をやり、後で目標を達せられればいいと思っている。
話は逸れたが、戦国武将の数々はとても勉強になるし興味深い。
幕末も好きだが、幕末という国家自体の非常事態だと英雄は出てきてもあまりに短命な人が多く、また一国一城の主ではないため経営と考えると戦国武将の方が参考になるのではないだろうか。
正月なので、歴史小説を手にとって寝転がりながら読んでみてもいいと思う。