(第6話)
運ばれてきたアイスコーヒーとソーダ水を挟んで、浩太と布川先生が窓際の席で相対している。
「・・・・お前、いまヴァイオリン弾いているのか?」
意外な質問だった。
「・・・いや、ちょっとご無沙汰しています。まあプロになるわけじゃないんで、ちょっと休んでも大して影響ないっていうか」
「そうか。・・・・・高井先生もお前のことを心配しているぞ。いっそ浪人して、ピアノと声楽のレッスンとか受けて、音大を狙ったらどうなんだ」
(樋口のように、とは言わなかった)
そう、樋口は6月の定演が終わるとすぐ、
「Y大教育学部の特設音楽科をオーボエ専攻で受ける。ピアノもソルフェージュも死ぬ気でやる」
と宣言し、将来は音楽教師になることに決めたようだった。もともと中学ではバレーボール部だったのに、
「いま突き指したらピアノ弾けなくなる」
と、体育の授業でバレーボールの時もコートに入らないでいる徹底ぶりだった。
友ながら、あっ晴れだ。
森山はというと、布川先生の「倫理」の授業に」大層影響をうけ、やはりY大学の人文学部文学科への進学を希望。「ニーチェの言葉」やら、いろいろ哲学書を読み過ぎては布川先生から
「お前はもう社会は勉強しなくていいから、その分、数学と化学の点数を伸ばせ」
と注意されていた。
そんな二人とは裏腹に、浩太は時間がズルズル経っても、なかなか「受験モード」に入っていない状態が続き、それがそのままセンター試験の結果となってしまったのだ。
浩太は運ばれてきたソーダ水を音を立てて飲み、
「俺、わかんないんすよ。本当に、将来何をやりたいのか」
と、誰にも言えなかったことを言った。
布川先生はじっと浩太を見つめる。
「・・・・いちおう、嫌いじゃないから、親父の庭師の仕事を継ぐってことで農学部を希望しています。そう言ったら親父、今まで見たことないような嬉しそうな顔して。ま、それで親孝行になるんなら、それでもいいかなって」
目の前のアイスコーヒーを、負けじと布川先生もずずっと飲んだ。