(第7話)

「私の家はな、そりゃあそりゃあ、貧乏だったよ」

 

窓の外に目をやりながら布川先生が話し始めた。

「仕送りなんて、とんでもない。学費だって満足に払えなかった。でも、『大学に行きたければ自分で行け、家からの援助は期待するな』という親の言葉に反発して、独りで上京したんだ」

「・・・・そうだったんですか」

 

(布川先生は、たしか中央大学を出たと聞いた)

「新聞配達、パチンコ屋、ナイトクラブ、引っ越しや。バイトというバイトは、殆どなんでもやったよ」

懐かしそうに笑った。

 

「・・・・そんな中でな、『人生、何のために生きるのか』ってことに行き着いた。そこから、哲学を専攻しようと思ったわけ」

「・・・・なるほど」

 

すこしの沈黙があり、布川先生の表情が変わった。

「浩太。・・・・失礼なことかもしれないけど、一言だけ、お前にアドバイスさせてくれるか」

「・・・はい、ぜひお願いします」

 

「・・・貧乏人は、勉強するしか、ないんだ」。

「・・・・ですよね」

 

間髪なく応えた浩太だったが、布川先生のその言葉の意味を本当に理解したのは数十年も後になってのことだった。

 

Y大農学部園芸学科の二次試験。小論文だったが、そこで大きな逆転が起こるはずもない。

合格者名簿の中に、浩太の名前はなかった。

 

いっぽう、樋口はY大教育学部の特設音楽科に奇跡的に合格。最後の最後まで、ピアノとソルフェージュの特訓をしていたのが効いたようだ。

また堅実に努力をした森山はセンター試験の失敗があってY大人文学部を諦め、同じY大の農学部林学科に進路変更。見事に現役合格を果たした。浩太と、チェロの富岡(S大教養学部志望)はともに不合格。引きこもごもの高校3年間が終わった。