その後、上乗せ前提でスケジュールを区に提出し、決定を待っていたのだけれど連絡がない。

障害の認可が下りたのはいつだったかなと前回のブログを確認したら12月の頭。
もう来月のヘルパーさん手配が必要なので、役所に問い合わせたところ、なんと医師からの意見書が未提出なのだそう。
急いで病院に問い合わせたら、手元にあるがまだ未記入とのことだった。
 
役所からは今日までに届かなければ年明けの認定会になるといわれていたのでガッカリ。
こんな大切な手続きをなぜ寝かせるんだろう。
自分の手を離れるのが年内ならいいとでも思ってるのかな。
 
点滴も刺せない医者に、書類の管理もできない事務。おかげでン十万の負担額を払わされるわけだ。
あーあ。
 
 
 
やる気のない面談で、まーったく期待していなかった障害者の上乗せ認定が、なんとあっさり下りた。
これからまた面談があって区分を決めるのだけど、一番重度で認定されると月に180時間ぐらい上乗せできるらしい。
もしこれが通れば、独りになってしまう朝食後~昼、昼食後~夜の間に、体位変換&水分補給のために入ってもらうことが可能に。そうなればだいぶ助かる。最近稀にみるいい出来事だった。

先日、認知の検査のために新幹線で2時間のクリニックを訪ねた。まさか本人は連れて行けないから家族相談の自費扱い。熱心な先生ではあるけど、やはり忙しい人なので診察は10分程度。
本人がいないので少しでも参考になればと、CT以外に普段の様子を動画に撮ったり、入院時からの写真も用意して行ったのだけど、受付の人はだいぶ渋った挙句に預かってくれたのものの、医師に渡してくれたのは一番最初の写真のプリントアウト。そこから先を見れば症状が落ちていく様子がわかるのに…。元気な写真なんて入れるべきじゃなかったと反省。
医師と接する時って、状態をうまく伝えられるように想定していくけど、やはり何かしら後悔してしまう。難しいな。

誕生日に母の顔を見ながら、これからは母からおめでとうと言ってもらえることはない、家族でおいしいものをたべて祝える日はないんだと悲しく思った。

最近母の調子が悪い。高熱が出て咳が出る。
だが往診も訪看も「肺の音は綺麗だし様子見」と言う。
 
医者はあまり薬を飲ませたくないからと何も出してはくれなかったが、さすがに発熱が続いたため座薬が出た。そして週末になるからと今日は抗生物質が出たのだが、それが食事の前後2時間あけの食間に飲ませる、100mlのシロップ。
およそ働く一人介護が飲ませられるものではなく、1日に水分を100ml摂ることさえ難しい患者が飲めるものでもない。本当にこの人、主治医なんだろうか。
 
今日も夜から熱が高くなり、ヘルパーから会社に電話。
仕事中だったので、「じゃあ先生呼んでもらえますか」とお願いしたところ、先生は他の往診中で訪看が来ることに。
仕事を放り出して急いで帰ってみると、連絡ノートに看護師の「肺の音綺麗でした。座薬入れました」の文字。いつも思うけど医者も看護師も、風のように来て風のように去っていく。ノートを見れば水分がとれてないことも便が出てないこともわかるはずなのに、それらに対してのコメントはない。オムツの重さを計れと言われるから計っているのに見たこともない。
 
しかも後になってケアマネから、ヘルパー介護中に訪看が入ることはありえないとの電話があった。今回は特別に時間を調整して請求するけど…とのこと。
 
なんだよ、いったい。昨日も発熱で会社を休み、今日は電話で呼び戻され、もちろんそれは仕方のないことなんだけど、役所関係でムカつくならともかく、言ってみれば身内のこんな対応にイラつかせられるのか。
 
だったら、気分を乱すだけの緊急電話なんかかけなきゃいいのに。見もしない連絡ノートなんて書かせなきゃいいのに。
障害の判定をするためにお役人(笑)が家にやってきたのだけれど、調査に来ておきながらノートも用意しておらず、裏紙にメモる始末。
きっともう結果は決まっていて、形ばかりの仕事なんだろうとヒシヒシと感じる。

担当者とその上司の2名で来たけれど、判定の基準は?とか、結果が出るまでの時間は?という質問に対する答えが、さすが!と思うほど的を得ない回答。

想像するに、うちの事例を持ち帰り、事務所で話し合うがそれだけでは結果が出せず、エリア内で検討するということらしいが、その基準も時期もグレーなのだそう。つまり前例があれば通るが前例がないとダメってやつかね。

しかし本当にのらりくらりとはぐらかす話法ってあるんだなぁ。
もういいわ!と怒鳴りたくなること数度。限度額を余裕で超えてるから、なんとか障害の点数を上乗せしたいけれど、その気もなくなるようなお役人仕事でしたとさ。

障害者申請が通って手帳が届いた。
介護点数がオーバーしているので、障害者の方で上乗せできないかケアマネさんが問い合わせてくれてところ…


「今の時点では上乗せが出来るともできないとも言えない、出来るとしてもいつからということは言えない、その目安が何かも特にない」


との返事が。
とりあえず訪問して様子を見たいが、その日時候補がどれも平日の午後3時半~4時。

この半年、役所仕事にはほとほと呆れてきたけれど、「だからお役所仕事って言われるんだよ!」と久々に呆れた。

目安がないのに面談して決定するの?
仕事を半日休ませて?
お茶出してくれた家が優先とか?

この人たち、一体何の仕事してるんだ⁇

実はこのブログ、実名でのFacebookとは違って、洗いざらいの本音を書くこと、何かあったときの記録を目的として書き始めたものだった。

 
とにかく毎日目が回るように忙しく、朝目が覚めると未解決課題がどっと蘇り、夜は夜で不安が膨れ上がり、琴線に触れる文章は泣けてしまって見られない…。そんな状態で自分が書いた文章も読み返さないまま。
 
でも今日、ふと思い立って「いいね」していただいた人たちのブログに飛んでみた。「いいね」ボタンはどれ?などと超初心者な状態で。
 
そうしたら、ブログのテーマ的に当たり前のことだけど、介護看護関係の記事がいっぱい。辛くて読めないものもあったけど、ああみんなそれぞれの状況で不安を抱えているんだと思った。
 
大人になって独り身で、人にべったり頼ることはできないけれど、いろんな人の助けを少しずつ受けることはできる。顔の見えないブログもそんな優しいツールになることができるのかもしれない。
 
こんな雑文に目を留めてくださったみなさま、ありがとうございます。
 
幸い抗生物質はよく効き、熱はすぐに下がった。
当直医=主治医とその他のチームの医師が回診し、その中の長が嚥下状態を良くするためにリハビリなどやってみようということに。
そしてあまりに急な認知に、鬱を疑ってみてはどうかと言われる。副作用もあるしすぐには効果はわからないので入院中からスタート、一週間後の結果ぎ一つのゴールと言われた。
主治医からは、最悪の判断をするのが今回でなくてよかった。でもいずれは起きることと言われた。

入院翌日は言葉を交わせたものの、ここ数日は反応が薄くとても心配。この寒さの中、家に戻せるのか。嚥下食をどうすればいいのか。不安だらけだ。

でもこの前の反省を教訓に、一緒にいる時間を楽しもうと思っている。目を合わせて体に触れて、あったかさを感じている。まだまだ一緒にいようね、と。
母は結局誤嚥性肺炎だった。
こうなるとあとは知れてるという医者。寝たきりなんだし身体的にも認知的にも、末期だと。そりゃ人は普通口の中に入っているものは飲み込み、器官に入ったものは吐き出すものだけど、介護度5で寝たきりだから末期だなんて。

肺炎を乗り越えられるかどうかもわからない、乗り越えてもその後、口からものが食べられるかどうか。胃瘻には後ろ向きな医者で、あれは健康になるためにやるもので、うちのような状態がやっても意味ないという。

ホントにつらい。わかっててもツライ。
家に帰っても何もやる気が起きない。車椅子やベッド、母のために作っておいた三食分の残り。つらい。

普段病院にいるなら少しは安心できるけど、全くそうではないつらいつらい一晩だった。手の間からサラサラこぼれてしまう命。どうかもう少し私のそばにとどまっていて。
昨日はほとんど水分を取らず、熱も下がらず苦しそうな状態が続いたので、とりあえず訪問看護に緊急電話。そうしたら、

「震えていても熱があるなら冷やしてください」

ということで、頭と両脇、鼠蹊部を冷やす。でも熱は下がらない。
今朝になって往診へ連絡。すぐに自宅へ来てくれ点滴を処置してくれたけど、、、。
本人も少し覚醒して、一言二言しゃべってはいたけれど、、、。

昼過ぎになってヘルパーから携帯へ電話が。なんと40℃の熱があるとのこと。急いで救急車を呼んでもらい私も病院へ。

あまりにも安定しすぎて忘れがちだったけど、自宅にいられる時間は長くないと覚悟してたんだった。
これでも毎日必死だったけど、もっともっと一緒の時間を味わえばよかった。


退院してからは、毎日出社前と帰宅後に約1時間走り回り、日に三食分の食事を作り、もう目が回るほど。

ただ時々熱発するものの、この一週間の母の様子は比較的落ち着いていた。食事もよく食べてるし。
でも昨日は親戚の訪問、入浴などがあって疲れたのか、朝から熱発して反応も薄くて心配だった。食事もまったく喉を通らない。

緊急時の連絡先はもらってるものの、どのタイミングからが緊急なのやら。
どんなに忙しくても、本人が元気だから頑張れるものの、当たり前だけどこういう日があるなぁと実感。
明日は復活しますように。