朝は車で走っていると景色が若干凍てついていた。
町へ下りる頃には日も強さを増して車で待つにはいい日になった。
今日は相方が免許の更新に来ており、車の中でこの投稿をうっている。
いつもなら雪崩れ込むようにセンターの中で手続きしていくのだけど、今回は例のあれで10分おきに入場することになっているようだ。
先週、娘の期末テストがあった。
感触として悪くはないようだった。
そんな時だからか、テストはどうとらえるものであるべきか浮かんできた。
学業は学ぶところではあるけど、1つの見方として、教える側が教わる側を取り込み色づけていると言えるんじゃないかと浮かんだ。
そう考えるとそれでいいのかと頭をもたげる。
真っ白な状態で教わるというのはいい事のように思える。
一方でその事柄を若干でも知っていることで、先入観を持ちながら授業にのぞめば、何が先入観どおりの事柄で、何が先入観を覆すような事柄であるか感じることができ、それが記憶の棚にならんでいくんじゃないかなぁと浮かんだ。
そういうことをしているうち、自分なりの勉強法の一助になっていくような。
首相のいう自助とは学業において、自分なりの学び方を作り上げていくことではないか。
教材や学校以外の指導は大切だけど、受け身でインプットするだけでは社会人として力がつきにくい。
それらを自分なりにどう活かしながら問題を解いていくか、それを考えられることが、テストに呑まれない、対応できる人間を作りだす。
呑まれながら自分自身も方向性を見つけて呑んでいく感覚、こういうものを大切にしていこう✊