2012年11月1日(木)
母が死んでしまうかもしれないという恐怖。
母の良くない報せの電話がなるかもしれないという恐怖。
鳴ったときに気がつかなかったら…という恐怖。
いろんな恐怖を抱えて、携帯電話を握りしめたまま、ほとんど眠れずに朝を迎える。
それでも不思議なもので、外が明るくなってくるのを感じると、なぜだか少しホッとした。
朝がきたからといって、母の苦しみが溶けてなくなるわけではないのに。
朝がきたからといって、その日母が逝かないことが保証されたわけではないのに。
朝から父がうちへ来る。
ICUの面会は昼からなので、兄が到着するのを待ってから病院へ向かうことにした。
兄が到着するのを待つ間に、父と娘と近くのスーパーへ買い物へ。
ICUだと娘を会わせることができないので、それなら写真を見せてあげようと思って、スーパーまでの道々、一生懸命歩く娘の写真を撮った。
この日、娘には病気が発覚する直前に母が買ってくれた服を着せた。
娘もお気に入りのアンパンマンの洋服。
母が買ってくれた服を着た娘を、母に見てほしかった。
スーパーで買い物する間、父にはベンチで待ってもらっていた。
飲料コーナーでお茶を選んでいると、視線の先に、こちらに向かってきている父の姿が見えた。
難しい表情で、急ぎ足で私たちの方へ歩いてくる父。
あ……
病院からの悪い報せだ……
手足が震えた。
心臓がバクバクした。
私たちのところへ来た父が言った。
父『病院から電話あって、お母さんがあれって……』
父『あの~~、あれ、ICUから一般病棟にうつるって。空きが出たって。』
いい報せだった。
いい報せだから、父は早く私に教えたかったのだろう。
買い物が終わるのを待てないくらい、父も嬉しかったのだ。
娘を母に会わせてあげられる。
私もそのことがすごく嬉しかった。
それから家に帰って、兄が到着するのを待った。
兄の到着を待つ間、父は娘と遊んでいた。
娘と遊びながら、ちゃんと笑っていた。
それを見て、私はよかったと思った。
娘がいてくれて本当によかったと。
私も父も、あのときたしかに娘の存在に救われていた。
兄が到着して、姉はまだ時間がかかりそうだったので、先に四人で病院へ向かった。
病院へ到着してICUの入り口へ着いたとき、ちょうど母が一般病棟へうつるところだった。
私たちの姿をみた母の第一声は、
『なんね、兄ちゃんまでおるん!?』
だった。
めったに帰省しない兄が帰省したら、母が訝しがるのは当然だ。
なので、病院へくる前にみんなで話して、兄は父から母がICUに入院したと聞いて、緊急だと思って帰省したということに決めていた。
母にもそう話したら、『違うんよ、部屋が空いてなかっただけなんよ。も~~これやけお父さんは慌ててばっかりで頼りにならん!!』
と納得したようだった。
この先ずっと感じることだけど、このときも母を騙しているような後ろめたさを感じた。
ごめんね、お母さん。
たったこれだけのことでも、涙をこらえなければいけなかった。
それから姉も到着して、久しぶりに家族が揃って、まるでただの年末年始のように穏やかに過ごした。
母も、落ち着いて見えた。
なんの病気か分からずに家にいたときよりも、病気がハッキリしてホッとしているようだった。
『思ったより悪くてびっくりはしたけど、胃と腸は悪くないってわかったし、がんばって食べて体力つけんとね~。』
と話していた。
そのあと、もう一度病棟を移動して、やっと落ち着いた。
思ったよりも広くて明るい個室だった。
病院の隣は小学校で、窓からは小学校が見えた。
時折こどもたちの声も聞こえてきて、それが母は嬉しそうだった。
夕方、兄はあんまり人がたくさんいてもあれだから~と言って、先に帰って行った。
母に『いつまでこっちにいるの?』と聞かれて、『明日も休みとってきたから、土日までゆっくりしてから帰ろうかな~。』と返事していた。
母は『わざわざ来させてしまって悪かったねぇ。ありがとう。明日とかはもう病院来んでいいけんね。久しぶりの地元を満喫してね。』と言っていた。
姉にも、『あんたも、わざわざ来てくれてありがとう。』と言っていた。
姉が、『うちは山口やし、すぐ来れるから。いつでも来るよ。』と言っても、『いいよいいよ。しーちゃん(私のこと)がおるけ大丈夫よ。』と言っていた。
母親が入院したら子供がお見舞いに飛んでくるのは当然のことだと思うのだけど、母は、自分のために申し訳ない、自分のためにありがとうと思っていたのだと思う。
そんな母だけど、私には『ありがとう。』とも『ごめんね。』とも言わなかった。
私は近くに住んでいたし、長く一緒に過ごしていたから、遠慮せずにいられたのかな、と思う。
母の闘病中、母にとって遠慮しないでいい相手でいられたことは、私にとって幸せなことだった。
私は、お見舞いに来てくれてありがとう、なんて言われたくなかった。
ただ私が母に会いたくて、少しでもたくさん母と一緒にいたくて、行ってただけだから。
この日、母はみんながいる間、ときどき寝ては起きてを繰り返して過ごした。
きつそうだけど、それでも、もうすぐ死ぬかもしれないなんて信じられなかった。
驚くくらい穏やかな時間を過ごしながら、母の寝顔を見ながら、全部夢ならいいのに、と思った。
全部私の夢で、今すぐ目が覚めればいいのに。
ずっと母のそばにいたかったけど、6時をすぎた頃に『そろそろ帰りな。』と母に言われて、『うん、じゃあそうしよっかな。』と言って帰り支度をした。
病室をでるとき、『じゃあまた明日ね。』と母に声をかけた。
何度も振り返って母の顔を見たい衝動を抑えながら。
どうか明日も会えますように、と願いながら。