好きな人がブログを書いてくれた。


ものすごくうれしい。



私は、ラインでメモグループを作っている。


私一人のみのグループに、再読したいウェブサイトを送ったり、「明日やること」を書いたり、好きな人に話したいことをメモしてる。


好きな人に明日話すこと、行きたい場所、一緒にやりたいことをメモしている。



たとえば、


---4月21日 メモグループ


その中に、

・好きな人と絵を共作したい

・小説を共作したい


と書いていた。


好きな人と会って、同じ画用紙に二人で絵を描きたい。


好きな人と文章を書きたい。尾崎世界観と千早茜が小説を共著した『犬も食わない』みたいに。



---4月24日 メモグループ


好きな人と手紙を送り合いたいし、交換日記したいし、シール帳交換したい


と書いていた。



私は文字が好き。


書くことと読むが好きだから、自分の好きなことを、好きな人とやるという、好きを集結させた、好きの寄せ書きをしたい。



それが将来の夢である。


まず、好きな人とデートする。


私の苦手である、実際に口頭で言葉を交わすことをして、仲良くなりたい。


それは、他の人とは苦手であるそれをできないからこそ、それをできた相手には、本当の意味で「仲良くなりたい」を実現できたような気がするからである。



1.手紙


デートを重ね、関係値のステータスを確認したときに、十分と感じれば、次は、手紙をしたい。


私たちは中距離恋愛だから普段ラインでトークしたり、電話するけれど、それとあえてわけて行う、手紙というものでこそ、出せる言葉と気持ちを味わいたい。



2.交換日記


その手紙になれたら、交換日記をしたい。


平成に生まれた私たちは、昭和の人間と違って手紙に慣れていない。


だから、それに慣れたら、文通というものに慣れたら、交換日記という平成の女子小学生の行うことに、時代が昭和から平成へ流れたように、私たち二人の中の時代ってのを感じたい。



3.書簡


手紙を行うようになった頃。


手紙(と交換日記)の次に、書簡をしたい。


手紙と書簡は同じような意味合いで、「書簡は公的」とのネットの説明もあるけれど。


書簡といえば、

聖書のパウロ書簡など、または、宮本輝さんの小説『錦繍』を思い出す。


前者(聖書)の「書簡文学」、後者の「書簡体小説」は、


小説で喩えるところの「連作短編集」のような、繋がっている手紙の集合体、


私には、そういうイメージがある。


つまるところ、今まで行った手紙と交換日記の経験をへて、「書簡体小説」を作る、と言い換えられることを行いたい。


(書簡体小説、なんていう大層なものを行う、なんていう宣言ではないけど)


1.〜2.のあくまでノンフィクションの筆録とは違い、3.は、フィクションである。


フィクションと言っても、ニュアンスが違う。


私はブログを書いている、好きな人もブログを書いた。


そのブログは、好きな人や友達、家族など、自分の関わる人間を通じて。

あらゆる人間で「思ったこと」の複数を、まとめて抽象化して、実録(フィクション)の性質を薄めて、書いている。


それはノンフィクションだけどフィクションであり、フィクションだけどノンフィクションである。



言いたいことを簡述するならば、


私と好きな人が手紙を送り合う、けれど今度は、その手紙の内容に、「関わる人に対して思うこと、日常の徒然」をスパイスに、一つの存在しないようなジャイアンのスープをつくる。


ノンフィクションを生きる私たちが日常で思うことを、ローファンタジーのフィクションに落とし込む、書簡体(文通の体裁)の創作を行いたい、


ということである。


宮本輝さんの『錦繍』を、私は好きな人とやりたい。



4.小説


リンク



その次、私はフィクションを書きたい。


私は小説を書きたい、好きな人にも書いてほしい。


その二つの気持ちを合体させて、そして出来上がる「二人で一つの創作作品をつくる」という共作・共著である。


先述した、尾崎世界観さんと千早茜さんの『犬も食わない』のようである。


けれど、私は、先に『錦繍』を挙げたように、憧れがある。


それは、武者小路実篤さんである。


武者小路実篤さんの『友情』のような小説を二人で作りたい。


もっとも、その二人でつくったものが『友情』のようでなくてもいいし、『友情』を目的としてつくらなくてもいい。


あくまで比喩である。


『友情』は、友情と恋愛とはなにか、その二つ、つまり「友情と恋愛の相克」についてを書いている。



私は、好きな人と百年まで生きたいと希っているし、その生きる上で友達という切り離せない存在について悩まされる。


また、恋愛を行う上で、よき恋愛を行うために、恋愛の先にある「友情」というものを考えるのに、損はない。



5.小説 ⑵


リンク

https://www.shinchosha.co.jp/book/105703/



その次、武者小路実篤さんの『愛と死』である。


往復書簡で育まれた甘美な愛が、村岡の留学中に夏子がスペイン風邪で急死したことで悲劇的な結末を迎えますが、その悲しみを乗り越えようとする人間の強さも描かれています



というGoogleの説明があるように、純粋な愛を阻む死についてである。




これは、あくまで将来の夢である。


理想に過ぎない。


つまり、これをやらなければならない、という現実的で確定された予定ではない。


「◯日、デートしたら◯店に行く」という現実的なプランではなく。


あくまで、将来これをできたらそれはそれでなおよし、という弱いものである。


目的ではなく、候補である。


「◯日、もしも暇ができてしまったら、候補としてここも選択肢としてある」というものである。



また、理想を語れば夢は尽きなく、私は短歌と俳句が好きだから、それも、もしも一緒に詠めたらうれしいと思う。