Ch1. 感じるだけの世界
「考えるな、感じろ」
SNSでもイベントでも、
誰もがそう言っていた。
ミユも最初は、なんとなくその言葉に惹かれた。
「理屈ばかりの世界はもういい」と思っていた…
大学を卒業してからの彼女は都会の片隅で事務の仕事をしていた。
エクセル、メール、納期。同じような毎日を繰り返すなかで「心が動かない」と感じることが増えていった。
そんな時に出会ったのが、スピリチュアルの世界だった。
目には見えないけれど
「感じる」ことに価値があるとされるその場所は、どこか安心できる空気に包まれていた。
ミユは理屈を越えた何かに触れた気がしていた。
「こういうの向いてるかも」…
周囲からも「ミユちゃんは感受性が高いから」「センスあるよね」と言われ、少しずつ自信もついていった。

ある日、グループの講習会で不思議な体験をする。
光の柱が自分の中に立ち上がり
まるで「導かれている」ような感覚。
…涙が流れ言葉にならない何かが胸を満たした。
その夜、ミユはノートにこう書きつけた。
「言葉にできない。でも、本当の私がようやく動き出した気がする。」
それから彼女はますます“感じる”ことに傾いていった。
思考はノイズ、左脳は敵。
そう思うようになった。
現実の仕事にはなんとなく集中できなくなり、
同僚との会話もかみ合わなくなってきた。
一方で同じスピリチュアルコミュニティの人たちは、自分の変化を「次元が上がってきた証拠」と言ってくれた。
確かに──
以前より人混みにいるとクラクラする。
電車もつらく、職場の蛍光灯の下では頭が痛むようになった。現実との接点が少しずつ溶けていくような感覚。
…あるとき、ミユはふと気づいた。
センスがいい、と言われていた自分がいま
何も 選べなくなっている・・・
洋服も、
食事も、
文章も。
「直感で」、「ピンときたら」、「感じて選ぶ」。が口ぐせになっていたが、
本当は 自分で“決める力” が薄れていた。
これって、
ただ流されてるだけ…?…
かもしれない。
そう思った瞬間、
彼女の中でなにかが静かに
……揺らいだ。
~つづく
