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okko0123のブログ 成人性T細胞白血病皮膚リンパ腫アグレッシブ型

白血病の中でも希少がんである、「成人性T細胞白血病皮膚リンパ腫アグレッシブ型」を発症。出生した時の輸血によりATLキャリアになった。
。情報が少ないので、私の体験を公開する。

10月に孫が産まれて

忙しくなりました


造血幹細胞移植のおかげで

毎朝を迎えるいま

家族の新しい歴史を一緒に体験できて

有り難いです



秋も終盤

家の周りや

先日、湯島聖堂に行った時の

美しい風景です。



















湯島聖堂は湯島天神からは離れていて

お茶の水駅に近い。

1690年林羅山が私邸(現在の上野恩寵公園)に建てた忍岡聖堂に代わる孔子廟で

将軍綱吉がその名を『大成殿』と改称し自らその書を描き額縁とした。その額縁を含めた附属建物全体を聖堂と呼ぶようになった。

1691年には林家の学問所もこの地に移転し、論語漢文の学問が盛んであった。

度々の火災と幕府の学問対象が変化して荒廃。その後『寛政異学の禁』により聖堂は見直され1797年に林家の私塾が幕府直轄の『昌平板学問所』となった。昌平とは孔子が生まれた村の学校で、儒学を教える学校の意味。そして聖堂は地名になった。

以来大成殿のみが聖堂と呼ばれるようになった。

大成殿は明治以降は維新政府に引き継がれたが昌平板学問所は閉鎖され、幕府天文方の流れを汲む開成所、種痘所の流れを組む医学所は併せて東京大学へ連なる系譜になった。昌平板学問所閉鎖後は、湯島聖堂の敷地構内界隈に文部省、博物館、筑波大、お茶の水大学が設置された。また、現在の東京科学大学キャンパスは学問所敷地跡に建てられたと言う事から、大成殿と附属建物を含め一帯はかなり広い敷地であった事がわかる。


関東大震災でも湯島一帯は焼失した為現在の湯島聖堂は1935年にコンクリート造りで再建された。


一部wikipediaより抜粋。



ニコニコそれでは今日も良い1日になりますように❗️