21日から24日(本日)までに投与する抗がん剤はフルダラ。
多少の悪心はありますが、普通に過ごしています。
25日,26日はフルダラ+アルケラン。
アルケランの副作用で
口内炎の重篤化を予防する為に
クライオセラピーをします。
①水でうがいする
②アルケランを投与する時刻の15分前より氷を口に含み続けます。
③氷を含み始めてから10分~20分毎に氷水でうがい。
④うがいの後に、氷水を飲み込む
⑤アルケラン投与終了後も30分間続ける。
27日
全身放射線照射 2Gy
28日
移植日 これより食事は移植食に切り替え
※普通食にラップをして滅菌らしい
移植は1時間くらい
前処置の副作用
○食欲低下
○腎機能障害(水分を沢山とって下さい)
○脱毛
○粘膜障害 口腔 食道 胃腸の痛み 味覚変化
私の場合、食欲低下は本日の昼からあります。四日目です。胃のムカつきもありますが腸はよく動いています。
明日はリハビリ、歯科の先生が病室に来て下さる予定です。
移植に向けた万全の体制です。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
さて、今日は風立ちぬを読みました。闘病中には切ない作品でもあります。
『風立ちぬ』堀 辰雄
美しい自然に囲まれた高原の風景の中で、重い病に冒されている婚約者に付き添う「私」が、やがて来る愛する者の死を覚悟し、それを見つめながら2人の限られた日々を「生」を強く意識して共に生きる物語。死者の目を通じて、より一層美しく映える景色を背景に、死と生の意味を問いながら、時間を超越した生と幸福感が確立してゆく過程を描いた作品である。(解説より)
※婚約者はサナトリウムで亡くなります。
「私」は別荘に籠り執筆する毎日の中で節子を思い、感じるのです。孤独に生活する「私」はある日、村人の家にクリスマスによばれます。
その帰り道、自分の別荘の辺りから谷陰の道端の枯藪の雪を点々と小さく照らす光を見つけます。その灯りは自分の山小屋からのものでした。
果たして、「私」は山小屋に帰ってみると沢山散らばっているように見えた光の源は僅かなものでした。しかし、「私」は次のように独白するのです。
"だが、この明りの影の工合なんか、まるでおれの人生にそっくりじゃあないか。おれは、おれの人生のまわりの明るさなんぞ、たったこれっ許りだと思っているが、本当はこのおれの小屋の明りと同様に、おれの思っているよりか、もっと沢山あるのだ。そうしてそいつ達がおれの意識なんぞ意識しないで、こうやって何気なくおれを生かして置いてくれているのかも知れないのだ……」"
※堀辰雄の実体験からの作品です。
主人公の「私」が意識している以上に人生には恵があることに気づき、「私」は心を開いていく予感と共に人智を超える何かによって無条件に、何気なく「私」が生かされているようにも感じるのです。
『人智を超える何か』は私達一人ひとりを無条件に慈しみ、守っているということかも知れません。

