野田新政権がスタートした。なんということはない、要するに政策ではなく、政局で、それも大方の予想とはちがうかたちで野田が選ばれただけである。被災者、被災地をどうするのか。福島第一原発事故をどうするのか。まったく不透明だ。はっきりしているのは、原発は今後安全が確認できれば動かすという姿勢である。どうやって安全を確認するのか。普天間も菅政権の姿勢を維持するそうだ。要するに辺野古「移設」が既定路線。アメリカ様の顔色をうかがうことが外交であるという姿勢をもつ。

野田「新」政権……。どこが「新」?。

原発震災は、沖縄の米軍基地は、野田の視野には入っていない。
石垣でつくる会の教科書が採択されそうになっている。竹富町だけが最後の砦となって、採択しない姿勢を見せているが、石垣、与那国は強行する姿勢だ。

なぜ沖縄でつくる会などという最低最悪の教科書採択するのか。もちろん、それはつくる会の画策があるだろう。つまり、「中央」で採択でされないことが続けば、ここは目立たない「地方」で、それも最も目立たない先島で、という動きがあったのではないか。

もちろんそれに呼応する教育関係者が石垣にいたことも間違いない。

予断を許さない状況だが、本土メディアはまったく無視の状態である。

 南相馬市が東電福島第一原発の「迷惑料」である「原発施設等周辺地域交付金」を辞退することにしたというニュースが流れた。

 財政の厳しい地方都市にとってこうした措置を執ることはきわめて厳しいだろう。しかし、それを決断した南相馬市にまずはエールを送りたい。札束で頬を叩かれ続けるのではない、未来を見通した痴呆のあり方を模索していくための第一歩である。


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110827-00000083-yom-soci
 
ニュース23を見ていたら、目を疑う光景が。メアがいけしゃあしゃあとアメリカ元高官として日本の原発対応について語っている。

もちろん、日本の原発対応は最悪だった。それはメアに言われずとも分かっている。それよりも、なぜメアを呼ぶのか?メアが問題発言をして更迭され、そのすぐ後に震災対応の窓口になって復権したことは、本土メディアはほとんど伝えなかった。それだけでなく、今日は、あのメアの下劣な発言には一切触れず、アメリカの元高官様のご意見を頂戴するという姿勢で取材をしている。

どこまで日本のメディアはふらーなのか。
まあ画に描いたようなふらーがいたものだ。北海道知事の高橋。泊原発にゴーサイン。もともとプルサーマルにもゴーサインを出したのだから、大震災もへっちゃら。

彼女が経産省出身の知事であることは誰もが知っている。父親は元日本海ガスの社長。祖父は元富山県知事。画に描いたような原発推進派であることは隠そうにも隠せない。

なぜあの大震災をみて、原発震災を見て、原発を動かすことができるのか。利権とはほんとうにおそろしいものだ。命より利権が大事だということだろう。

いや、ふらーに人の命の大切さを知れとは言わない。利権が大事でたまらなくても、原発事故で自分自身の命がなくなれば利権もなにもなくなってしまうことくらいわからないのだろうか。もちろん、利権を持っている人間は、原発事故が起こってもいち早く安全なところに逃げることができるのだろうから、安心しているのかもしれない。

「健康のためなら死んでもいい」という、いまの健康ブームを皮肉った言い方があるが、「利権のためなら死んでもいい」とでもいわんばかりの行動だ。

みんな、この高橋はるみの顔をしっかり見て覚えておこう。絶対にこのふらーの暴挙を許さない。次の事故が起こったらかならずやこの輩を捕まえて、事故処理にあたってもらおうではないか。