[新規ポスト]


 残念ながら、 一松氏左遷人事の噂については、その説明では掻き消せませんね。少なくとも2001年省庁改編後から税関長を経て事務次官になった例は2007年時に1名のみ。以下、財務官と大臣官房長は皆無で、 関税局長になった例なら2006年時と2022年時の2名だけです。他の局長と国税庁長官も皆無です。また片山氏が高く買っている様子が無いので、やはりマスコミの指摘は的を射ているとしか、いいようがないような。片山氏の弁明は、まるで数えるほどしかない技官の局長職への着任及び固定した慣習としての技官指定局長職の例でもって、キャリアの技官を出世コースから外れていないと説明しているようなものだと思います。それから、いかにも片山氏は一松氏が局長職以上につくことがあるとしたら、その頃は自分は財務大臣をやっていないだろうから、やめた後のことだったら知らないと言わんばかりの態度です。確かに消費税減税は聞こえがいいものの、石破氏が指摘した通り、その分を穴埋めする財源をいかにして確保するかの問題が残ります。そうなると一松氏が消費税減税に反対したという情報について、はたして一松氏は消費税減税とは別の何かしらの財政案は出していたのかどうか、出していたとしたら、その財政案がどのようなものなのか気になるところです。



    ↓関連するポスト

・2026年8月8日投稿

topics.smt.docomo.ne.jp/article/tvasahx.com/okinatikyu/sta不祥事があったわけではないのに。これが警察キャリアと事情が少し違うところなんですよ。警察庁では本庁は管区警察局とのトレードは無くて、地方に異動する場合は各警察本部しかありえません。また管区警察局は本庁とは採用枠が別になっており

(元のポストではここに筆者自身によるポストのURLがリンク付けしてある。)

、多くが技官によって構成されており、いずれにせよ準キャリ枠ではあるのですが、警察官でも技官でも管区警察局から入庁した者は出世コースにのることはないようです。また管区警察局の一部の役職に地方警察本部からの出向者がつく人事がしばしばみられます。そして管区警察局長は警視監で充てられる決まりになっていますが、管区警察局長を経て本庁の局長以上に昇格した例はないので管区警察局長になると出世コースから外れることになるようです。歴代の管区警察局長は、それを最後に退官した方ばかりで、その次があるとしたら、警察本部長か長官官房の局長級分掌官といったところです。キャリア警官は管区警察局長にならない限りは本庁で主導的な立場になる保証は維持されるようですが、他の省庁は総合職枠(旧・1種枠)でも警察庁ほどにはエリート待遇を保証されるわけではないようで、本省だけでも局長級分掌官や課長職あるいは課長級分掌官に室長職あるいは室長級分掌官の数が多く、省庁によっては地方支分局とのトレードもあり、地方支分局にも役職が数多くあって、年功序列を前提とした人事選考において本省と地方支分局をあわせてランダムに役職が割り当てられるようです。しかも総合職枠なら、あるランクの役職につけるのに目安となる勤続年数があるようで、本省の局長職では入庁33~35年目が目安と決まっているようです。交代するごとに後任に、着任時点で、また、その勤続年数に達している者を充てるといった具合です。それぐらい警察庁以外では出世コースに乗り続けるのが難しいようです。東京税関さん、新しい税関長は挫折を味わっている方なので、挫折でモチベーションをさげた人の気持ちを汲んでくれる方ならば、なんとしてでも本省に送りこんで本省に税関職員の切実な声を届けてもらうことを目指して仲良く手をたずさえあうようにした方がいいかもしれませんよ。そのようにすれば腐ってられなくなって、いい職場環境づくりができるようになるかもしれないじゃないですか。そうなれば税関の仕事にやり甲斐が感じられるようになるのではないでしょうか。


      ↓続き


・2026年8月9日投稿


こうは言っていますが、警察庁でキャリアの技官は管区警察局とのトレードがあるようです。ただ、科警研と管区警察局のトレードはみあたりませんね。そして管区警察局の管理職に、よくキャリアの技官が充てられるようですね。

(元のポストではここに上記のポストが引用されている。)





[使い回しのポスト]



・2026年8月1日投稿


share.google/hdLIwfKTzVyGpF林大臣の初めての幹部人事が発表されました。こっちは多様性社会の奨励を押し進める方針でいるようです。



・2026年8月1日投稿


share.google/eaaGiBLcNGvsHr牧野大臣の初めての幹部人事が発表されました。リーダーシップを食べてみて、味と栄養はどうだったかをいかに国民に上手く説明できるかが、これから問われる覚悟あっての人選なのかはいつのタイミングで我々は知ることができるのでしょうか?



・2026年8月1日投稿


share.google/x7amu7bc2dpyJ4金子大臣の初めての幹部人事が発表されました。とりあえずは引き続き孫や三木谷との喧嘩が勃発することはないでしょう。




・2026年8月1日投稿


share.google/pZL6X5gUqkl2Ef
石原大臣の初めての幹部人事が発表されました。食べ物でないものも、また動物の衣食住を成り立たせることからして、食の安全にどこまで力を入れる覚悟をもった人選なのかを我々が知る時はいつになることやら。




・2026年2月3日投稿


【警視庁の水臭さ】

 最近、インターネット上にない2007年以前の警視庁の人事を新聞記事で確認することが多くなっているのだが、面白い発見がいくつもあった。


 [発見その1  実は1970年代時点で民間人が思ってるよりも警察ものの描写がすでに現実とかなり乖離していたこと] 


  1973年3月の毎日新聞にある警視庁の人事異動発表を見ると、すでに、この時点で「管理官」や「理事官」といった肩書きがみられる。ということは「太陽にほえろ」といった人気刑事ドラマが放送されていた時には、すでに管理官を捜査主任として司令塔にした捜査本部のしくみができあがっていたということである。そして、今では警察ものでお馴染みとなった管理官を中心にした捜査本部の仕組みが70年代には普及していたにも関わらず、70年代当時はドラマも小説も管理官は登場していなかったようで、警察小説の草分けといわれる島田一男でさえ、管理官が登場したのは1989年のことである。現実の警視庁は管理官を中心とした捜査本部の体制がかなり普及していたようだが、その警視庁を描いたフィクションでも90年代に入るまでは捜査の指揮をとるのは、ひたすら警部である警視庁本部の係長か警察署課長なのである。また、今は全国に管理官などの警視で充てられる分掌官的な役職が多いが、それでも未だに警視庁以外では捜査本部は警察署単位にとどまって捜査主任が警部の課長になったり、本部が主導するとしても警部の階級にある者が捜査主任になることの方が多いらしいのである。ここにとりあげている新聞が出た当時なら、なおさらそうだったことなのだろう。そういう事情のためか警視庁以外の警察本部では警部がつく役職名は正式には「課長補佐」となっている。課長に代わって捜査を指揮する立場を意味しているのだろう。これが警視庁だと、その役割が管理官になる場合が多いということのようだ。その「課長補佐」は警視庁の管理官と同じように複数の係を束ねる立場でもあるそうなのだ。そして警視庁では本部の係長は警部で、主任は警部補で、各係は主任の警部補が前線を仕切ることになるが、他の警察本部では係長は警部補で、係長が前線を仕切り、警部である課長補佐は警視庁本部の係長と同じように座席から前線に指示を送ることになるようなのだ。警視庁以外の警察本部がみんな、そういう事情である以上は視聴率を獲得しやすくするために警視庁を描いたフィクションも全国の警察本部の系統にあわせた描写にせざるをえなかったのかもしれない。皮肉か、以上に述べたことを証明するかのように1982年に放送された内田康夫原作ドラマである「後鳥羽伝説殺人事件」で、登場する地方警察本部の警部の役職名がきっちり「課長補佐」となっており、捜査本部の指揮をとっているのが土曜ワイド劇場などを見て捜査を指揮するのが必ず警部であるのに見慣れていた視聴者でも違和感を感じることなく見ることができたようなのだ。恐らく、そのドラマが好評を得られたことが、原作者を小説で、そのドラマの脇役だった浅見光彦を主人公にしたシリーズを始めるように仕向けて、今日我々が知る浅見光彦につながったのだろう。その前には、内田康夫は長野県警を描いた信濃のコロンボシリーズを始めており、主人公の竹村岩男警部は捜査一課に異動してからは毎度、捜査本部を指揮する立場を任せられるようになっているそうなのだが、まさに現実の地方警察本部の仕組みと見事に整合している設定であるようだ。ただ小説でもドラマでも警部の役職名として「課長補佐」なる肩書きが出てくるのは現在でも少なくて、作中では「班長」と呼ばれる描写が多くみられており、竹村岩男も「課長補佐」と呼ばれる描写はみられない。なので不思議と「課長補佐」なる肩書きへの認識は広まっていない様子。また、その「班長」という呼称が一人歩きして多くの誤解を招いているためなのか、それとも警視庁本部の仕組みを設定に借用したためなのか、地方の警察本部なのに警部の役職名が「係長」とされているのもよくみられる。山村美紗作品でお馴染みの狩矢警部や京都殺人案内シリーズの音川音次郎警部がそうなっている。そして、どちらも捜査本部を指揮する、いわゆる捜査主任官の立場で捜査に携わっているはずが、音川警部なんか毎回、座席から前線に指示を送る描写は全くなくて、係長の警部補の役割を同時に担っており、狩矢警部の場合は座席から前線に指示を送る描写はまあまあ見られるものの、やはり係長の警部補の役割を担う描写もみられる。これでは捜査本部の扱いが軽くなってしまっている。まるで捜査主任官なら、なんでもありかのような描写である。そんな描写が当たり前のようになっていった果てに漠然と「捜査のリーダーはとりあえず警部だと思えばいい」という認識が広まって、その認識を根強く払拭しきれない状況が、しばらく続いていたようである。

 では、ドラマや小説などのフィクションで警察ものの描写が現実の仕組みと乖離して、管理官を中心とした捜査の流れが長いこと出てこなかった事情として考えられることを下記に箇条書きであげることにする。


①現実に警視庁以外では捜査の指揮をとるのが警部の階級にある者になることの方が多いことからして全国に広く理解を得るのが難しかったから。


警察署長や本部の課長(全国的には本部の課長職で警視正の階級にある者は少なく、多くが警視。)と同じ警視なのに署長でも課長でもない警視が出てくるとなると話についていけない人が多くて利益に響いてしまう恐れを抱く声が多数派だったのかもしれない。


  まだまだ語り尽くせてはいないが、次回に話を続けるとして、そろそろ、このあたりで一区切りとさせて頂く。では、また次回。