結び


 なんだかんだ南朝が天下を握ってから先に押し進めたぐらいですから、将軍家知行国における国司の世襲、そして例外的に、それが出羽と尾張にも認められた仕組みが築かれたことは高く評価するに値するものと考えます。なので、北条の子孫の方々には、もう少し胸を張って子孫を名乗るようにしてもいいような気がします。







 それではまたブログで会いましょう。


 ※さきほど、一旦、アップした後に、色々と改稿をした関係で二回に分けることになってしまいました。まぎらわしくて、すいませんが、これでよろしくお願いします。  











 ・脚注



(注1)『国史大辞典』の「関東御分国」の項を参照のこと。


(注2)



(注3)遠藤基郎「鎌倉後期の知行国制」 


(注4)



この記事は多くが、このリンクの記事と話がつながっているので、合わせて目を通して頂ければ幸いです。


(注5)渋沢栄一著『徳川慶喜公伝』(竜門社)

     同編  『昔夢会筆記』(平凡社 1967年)


 ※『昔夢会筆記』での徳川慶喜本人の証言は要約すると、征夷大将軍でありながら、実戦の経験がないので、いざ戦となれば自分も重臣たちも采配がなかなか円滑にいかず、自分も含め戦場の指揮官たちは毎度迷いながら采配を振るっていて、それだけにみんな采配に自信がもてないような、誠に将軍家にふさわしくない有様で、自分も不備をよく重ねていた、というものです。元征夷大将軍である立場上、直接的には、 自分の不慣れな采配はすぐに限界に達してしまうなどというようなことを口にすることはできなかったようで、その旨の証言はまわりくどくせざるをえなかったものと思われます。


(注6)


(注7)


(注8)播磨屋「戦国大名探究」より「北畠氏」の項


(注9)播磨屋(注8)前掲サイトより「楠氏」の項


(注10)「公卿類別譜」より「後陽成天皇」の項


(注11)明智憲三郎「本能寺の変「明智憲三郎的世界 天下布文!」」より「信長の戦略(唐入り・家康討ち)」


(注12)福岡県教育会編纂『征西将軍宮と五条氏』(福岡県教育委員会 1936年)

前掲(注4)

(注13)https://kotobank.jp/word/%E8%B6%B3%E5%88%A9%E7%BE%A9%E6%B0%8F-14300

(注14)中島源『平島公方物語 : 阿波の足利』(南海歌人の会 1987年)


(注16)鈴木満「室町幕府下の出羽国・「奥州」」


(注17)家樹株式会社公式サイトより2024年5月17日投稿の記事



氏戸佳香『那古野今川家の興亡』(白天堂 2025年)


『東金市史』第五巻に北条守時の子孫についての伝承が載っています。  


また、以下のリンクに以上の伝承にある醍醐平蔵なる者の子孫の方による証言が書き込まれています。その方の証言に出てきている華蔵姫についての伝承は姫が建てたといわれる寺院とともに東金市に公式に重宝されています。


茂木和平編纂『埼玉苗字辞典』より「畠山」の項、「渋川」の項を参照のこと。


(注18)谷口雄太『中世足利氏の血統と権威』(吉川弘文館 2019年)


なお、谷口氏は「御一家」という家格が江戸幕府における御三家の考案の元になったとの主張をしているが、筆者としては、そもそも両者は性質を異にしているという見解です。なぜなら、むしろ、江戸幕府に例えるなら前者は「溜詰」なる家格がふさわしいと考えるからです。谷口氏の説では「御一家」を江戸幕府でいう御三家とするにあたって説明つかないところが出てしまいます。まず「御一家」は将軍家と同じ名跡を使用することがあまりなく、また将軍家と同じ名跡で呼ばれることもあまりないのに対して、御三家は将軍家と同じ名跡を堂々と平常から名乗っています。そういう意味では「公方」なる役職につく家系の方が御三家に近いと考える方がふさわしいのではないでしょうか。しかも、「御一家」から将軍を出すことはなく、また継承の順位が優先されるような扱いを受けていないのに対して、公方の家系からは将軍を出しており、また継承の順位が優先されるような扱いを受けています。その点でも公方の家系の方が御三家に近いと考えた方が良さそうです。

 それから、家政における夫人の役割については服藤早苗『家成立史の研究』、高橋秀樹『日本中世の家と親族』、田端泰子『日本中世女性史論』、西尾和美『戦国期の権力と婚姻』を参照することを奨めます。


情報サイト「imidas」にて連載の山本博文「時代劇用語指南」より「溜間詰」



https://x.com/okinatikyu/status/1857458274792255797?s=20







 ・その他の参考文献



 北条氏研究会編纂『鎌倉北条氏人名辞典』勉誠社 2019年10月

 岡田清一『鎌倉幕府と東国』続群書類従完成会 2006年1月

 佐藤博信『古河公方足利氏の研究』校倉書房 1989年11月

 
合わせて以下にリンク付けした「幕府の公務員①~③」も参照することを奨めます。