前後異径の「マレット」仕様について考えてみる マウンテンバイク | ヒト・モノ・アソビ... 人生を楽しく快適にしてくれる素敵なものたち

ヒト・モノ・アソビ... 人生を楽しく快適にしてくれる素敵なものたち

サイクルと山遊びのオキドキライフスタイルから発信

ここ2~3年でマスプロメーカー車にも「マレット仕様」が採用されるなど一般的になってきました。マレット仕様とは前後で異径のホイールを装着したマウンテンバイクのことです。具体的にはフロントに700C(29インチ)、リアに650B(27.5インチ)などを採用したフロント大径の車両です。26インチも含めて考えれば組み合わせとして、29x26も、27.5x26なども「マレット仕様」といえるでしょう。

特殊な用途を除き、これまでは「前後同一サイズ」が一般的だった自転車においては目新しい試みですが、「前後で車輪の径が違う」はフォーミュラーカーのような競技車、農用トラクター、荷役フォークリフト、輸送トラックなど4輪でも、あるいはオフロード系のオートバイなどでもむしろ一般的な手法です。これらはいずれの乗り物でも前輪と後輪でその役割が異なることから、太さ(幅)を含め外径、ホイール径もそれぞれの目的に適したサイズが選ばれているという当たり前の仕様です。むしろ、前後の車輪で役割が明確に異なり、さらにシビアな効率を求めるスポーツ自転車で頑なに「前後同一径」が守られてきたことの方が不自然だったのかもしれません。しかも多くの場合でタイヤパターンも太さ(幅)すらも同一に揃えられ、ただ「漫然」となのか何かの目的や合理性があってなのか。つまり、前後でサイズの異なる「マレット」は前後輪の役割がはっきりと異なる乗り物「自転車」に採用されるのはむしろ当然の成り行きだったのです。

では、マレットに、前後で異なるホイールを装着することのメリットは何か?について考えてみます。
荷重を受けて転がる、という車輪の役目で考えるとタイヤは「大きければ大きいほど」転がり抵抗が小さくでき、丈夫で、速く走ることができます。一方で大きくなることで、空気抵抗が増え、重量が増え、と駆動するためのエネルギーが増えることが起こります。外径を大きく保ったまま、重量や投影面積を少なくしようとした結果、「幅の小さい(細い)大径のタイヤ」これがマウンテンバイクよりも高速で走るためのロードバイクのタイヤの形です。しかし、低圧にしてグリップを稼ぎ、そのためにエアボリュームが必要なマウンテンバイクでは細くすることには限界があり、その結果が従来の「26インチ」だったはずです。空気抵抗は考慮する必要のないマウンテンバイクですが、フレームやホイール素材の改良、軽量化によって大径化による重量増が大きなデメリットでなくなって来たことでマウンテンバイクの「29インチ化」が進みます。29インチの大径化によって転がり抵抗が減って走破性が向上したマウンテンバイクは高速性能も向上して「良いことづくめ」となります。ポジション面を除いては… ポジション?正しくは「ディメンジョン」でしょうか。つまり幾何学的な問題。前輪に関してはフレームサイズによって変わりますが、後輪の位置と駆動装置の位置関係については走行性能や操作性に大きな影響を与えます。乗車状態の自転車において「乗り手」の荷重(体重)がどの配分で後輪に作用しているかは推進力、トラクション、旋回性、対障害物に対して非常に大きく影響します、特にマウンテンバイクの場合は。小さくなって太いタイヤで大径化されたリアホイールをフレームに納めるためにはチェーンステイ(リアセンター)つまり、乗り手の体重を受け止めるBB軸と後軸の距離を十分にとる必要があります。ところが、このBB~後軸の距離は後輪への荷重コントロール、旋回性、そしてフロント荷重のコントロールのために大きな影響を与え、それらの向上のためにはできれば「短い」方が良いのですが、この点で29インチ化がマイナスに働いてしまいます。そこでチェーンステイを短く保つために(せめて)後輪だけでも小さめのホイールを、というフレーム設計が「マレット」の基本的な設計の狙いです。外径が小さくなってしまった縦長の接地面積を横方向に稼ぐために太いタイヤを装着するのもそのためです。
つまり、マレット仕様の目的はコントロール性、旋回性を担う短いリアセンターのディメンジョンを維持しつつ、走破性、操舵性を向上し、転がり抵抗を低減する大径のフロントホイールを装着するための、方法というわけです。スピードを優先するクロスカントリーレーサーよりも、操作性を優先するフリーライド/エンデューロ車両に多く採用されているのもそのためです。


ところで「マレット」という呼び方はなぜなのでしょうか?
マレット、と聞いて辞書を調べるとmullet(ボラ)あるいはmallet(木槌)が出てきて???です。正しい綴りはmulletのようです。実「はマレット・ヘアー」という髪型があるそうで、魚のボラが小さい頭のわりに尾ひれが大きめのことから、全体はショートヘアーでありながら襟足だけが長い髪型を指すようです。ん?でも尻尾がデカイ、なら逆じゃやない?と不思議に思ってジテンシャと英語に詳しいジャーナリスト、コイチロ・ナカムラ氏に訊いてみます。やはり髪型の「マレット(ヘアー)」からだそうで、前後が逆なので「tellum(テルム)」と呼ぶことにしたのだそうです。しかしテルムは浸透しなかったそうで元の「マレット」が意味が逆のまま定着した、のだそうです。へー♪ 日本語であれば「逆マレット」が正式名でしょうか。


閑話休題
さて、ネットを検索すると「マレット」に関する記述も見つかります。「その効果はどれほどか?」「良いのか?」「違和感は?」などなど・・・ 効果、については上記の狙いで設計されたものですので、恩恵や感じる度合いは個人差はありながらも何かの違い(効果)はあるでしょう・・・ 
ところが関心の中心は現行あるいは所有車両を「マレット化」した場合でしょうか。前後共に29インチ、27.5や26インチで設計された車両を後から「前後異径ホイール」にした場合の影響です。良くなった?悪くなった?変わらない?ではないでしょうか。それらの内で気になったのは「的外れ」な記述も見受けられることです。「(前後)29インチ車両を『マレット』にして小回りが利くようになった」とか「低重心化して安定した」とかw ウーン・・・・

元々29インチホイールで設計されていたフレームに(リアだけを)小径の27.5ホイールを装着してもリアセンターのディメンジョンは変わらないのですから乗り手の前後位置、車両としての旋回性能(半径)などは変化せず、「小回り」にはならないかと思います。車輪の重量減による漕ぎだしや加速の「軽さ」は向上する部分はあるかもですが、上記のようにマレットとして設計されたフレームのような効果は残念ながら限定的です。むしろ前後輪で高さの差が生じたことによるヘッド角(キャスター)の変化は旋回性よりも直進性に働く方向ですので鋭い方であれば「小回りが利かなくなった?」と感じる傾向のはずです。低重心云々に関しては、前後に100㎜を越えるサスペンショントラベルがある車体において2~3㎝の高さ変化がどれだけ感じ取れるか?そして影響に現れるか、です。ですので前後同径車を「マレット化」してメリットが現れるケースは、
・前後27.5インチだった車両のフロントを29インチ化して走破性と転がり抵抗減を狙った
・前後29インチだった車両のリアを27.5インチ化して標準よりも「太い」タイヤを装着できるようにしてエアボリュームや接地面積を横方向に伸ばすことを狙った ギヤ比の向上を狙った、ブレーキ力の向上を狙った、などでしょうか。
どうやら、27.5インチ車両を29インチにマレット仕様にする方が効果は大きい、ということがいえそうです。

次に、前後同径車をマレット化したことによる姿勢変化がハンドリングにどう影響するか、を考えていきます。前輪を大径化、後輪を小径化、いずれの場合も姿勢が変化して「前上がり(後下がり)」になります。上記の「小回りが~」の項で述べた様に大回りになる傾向ですがどの程度でしょうか。
操舵性については「トレイル値」で考えていきます。
トレイルとは車輪半径、キャスター角、オフセットの3要素によって決まる操舵特性を表す指標です。乗り物の直進性や旋回性を幾何学的に数値で示したものです。その乗り物の用途や特性に応じて設計時に検討、決定されます。競技用のロードレーサーの場合、50~60㎜ほどで設計されることが多いですが、競技性の低いロングライドモデルなどでは70㎜ほど、シクロクロスモデルなどオフロードモデルも70㎜前後、数値が大きくなるほど「安定志向」、小さいほど「反応性が高い」となります。マウンテンバイクではクロスカントリーモデルで70㎜前後、トレイルモデル80mm、フリーライドモデルは100㎜を越えるような数値になります。

このトレイルを求める数式は

T=R/tanΘーF/sinΘ
T:トレイル R:タイヤ外半径 F:オフセット Θ:ヘッド角



で求めることができます。良心的な量産メーカーであればカタログに「トレイ(ー)ル量」という諸元で載せています。(表記のないものも多いです。バイクの旋回特性を知る、推測する上で重要な数値ですので表示すべきだと思いますし、目的を持って設計していることを示すものです)式からわかるように、タイヤ半径Rが大きくなればトレイルは増加(安定)します。ヘッドアングルが小さくなればやはりトレイルは増加します。マレット化することで車体が前上がりになってヘッドアングルΘが小さいく(寝る)ので「直進性」が強調されます。これが「マレット化して必ずしも小回りが利くようになるわけではない」の理由です。フロントホイールを大径化した際には半径Rが増加するのでトレイルが大きくなり「直進」寄りになります。
リア側の29インチ→27.5インチでどの程度の数値が変わるか、ですがリム径だけで考えると700CのETRTOが622㎜、650Bでは584㎜(いずれも直径)ですから高さの変化は19mm。これが高さの変化。装着するタイヤが小経化で太くするのであればこの差はさらに小さくなります。仮に高さの差が20mmとしてホイールベースが約1000ⅿⅿだったとするとヘッドアングルに生じる変化は約1(=ArcTan(20/1000))°。トレイル値での差はおよそ+6mmほどです。その程度です。
フロントタイヤを27.5から29に変更してタイヤ外径が変わることによる半径Rの差で変化するトレイル値も+7㎜程度で、合計13㎜。マウンテンバイクカテゴリーの中でも4~50mmの許容があることを考えれば大した変化ではありません。何よりも150mmほどあるサスペンションのトラベルによる姿勢変化(ヘッドアングル変化)が走行中に変化し続けることを考えればトレイル値ののこの程度の変化が全く問題にならないものだとわかります。
つまり、マレット化による旋回性の変化はほとんど影響しない、ということの様です。タイヤの選択を目的として、走破性や転がり抵抗軽減などの目的のためにマレット化をすることにはほとんどデメリットはない、と結論できそうです。その代わり、旋回性の向上などは期待できないこと、特に29フレームに27.5ホイールを組み込んでも旋回性に目立った向上はないということが証明できそうです。

今回は「トレイル値」を視点に「マレット化」によるメリットやデメリットについて説明をしてきましたが、実は「マレット」という名称で呼ぶようになるかなり前の時点で、27.5インチホイールが出現してきた時から26インチのマウンテンバイクにフロント27.5インチを装着して長く使用してきています。そこで感じているのは、まさにこれまでに述べた通りで、多少のメリットは感じられるものの、デメリットを感じる部分はほとんどなく、現在のこの状態でかなりの満足を感じているという現状です。欲を言えば当初からこの設計で造られたものが良いのは当然ながら、独自の視点で早くからマレット仕様にしておいてよかったという思いです。同時にオートバイ、特にオフロードオートバイはとっくにそんなことに気付いて遥か以前から標準な仕様として採用していることに改めて納得をした次第です。
結論としては「前後異径の「マレット」は多少の効果は期待できることは事実ながら、それによって「発生する不具合も多少でしかない」ということがいえそうです。27.5インチ車はフロントを29インチ化するのはいいかもしれません。