4年生になり単位も問題なく取れ、就職活動に入った。
大学の柔道部・剣道部の就職先は皇宮警察が主だった。
少林寺拳法部では無理だと言われ、せめて地元の県警にと頑張っていた。
4年になり夏の県警試験を受けたが、倍率12倍で2次試験で落ちて、
民間企業の就職活動をしていた。
就職して改めて試験をと目論んでいた。
たまに部に顔を出して稽古していた。
後輩に極真もやってる少林寺拳法部の後輩がいた。
その後輩から見せて貰った本があった。
後輩『先輩、この人知ってますか?』
後輩『アシハラって言うサバキの空手の人です』
私『あ、空手バカ一代に出てきた人だ』
すっかり空手の情報も無くなり、少林寺拳法ばかりだった生活に、ふと刺激が入った瞬間だったが、
芦原空手と関係を持つのは、それから10年も経ってからです。
それと、部でよく囁かれていた話が、
後輩『少林寺拳法は、裏少林寺と新少林寺が別にあるって知ってますか?』
先輩に聞いたことがあるが、少林寺拳法には、裏少林寺拳法と言う団体と
新少林寺拳法と言う団体が存在し、非常に険悪な関係であるということは、知っていたが、
道院の先生に聞いてはいけない・話してもいけない。
そういう暗黙のルールのようなものがあった。
それだけ、関係が悪いと言うことだったと思います。
ここまで書くと、武道関係の方はあれ?と勘づかれた方もいるかも知れませんが、
新少林寺拳法と言うのは、少林寺拳法を破門になった方が、そういう名称を付けて独立したのが真相ですが、
少林寺側と話し合いの結果、少林寺と言う名称は使わないと言うことになり、
その方が少林寺時代、館長の親衛隊『白蓮隊』に所属していたことから、
『白蓮会館』と名乗り、現在空手団体として活動していますが、
この噂を聞いたあの学生時代から30年も経って、その代表の方と出会い、
交流が始まろうとはこの時はまだ、知る由もありませんでした。
そして大学を卒業し、地元へ就職と戻って行くのでした。
つづく
少林寺拳法











