救急搬送されて救急対応医から半分以上の確率で今回の腹膜炎で亡くなると宣告されて当日の夜中、東京の電話番号から着信。

 

あっ、終わった、、、

 

覚悟して電話をとると

看護師が「夜分すみません

お父様が老眼鏡をもってきてくれと言っております」

家族に電話してくれと何度も騒いだみたいです。

ほっとした半面、死にかけのくせになんですでに迷惑かけてるんだと。絶対安静で導尿カテーテルも入っているのに勝手にトイレにいこうとしたりもしたみたいです。

 

2日後に様子を見に行くと腎機能は回復し始めてるとのこと、まだICUで管理するとのこと。本人はぼーっとして同じことを何度もいったりしてました。すべて腹膜炎によるショックのせいで一時的に錯乱してるものだと自分は予想してました。いわゆる癌末期のせん妄ではなくショック状態によるせん妄だと。

 

1週間後、なんとかICUを出ることができました、腎機能も回復です。死の淵からすこしもどってこれました。

 

腹膜炎の原因をカンファレンスで考察すると、ステントが少し十二指腸側に当たってる可能性があると推測。ミリ単位で調整か交換するとのこと。金属ステントではないため交換はできるようです。この辺の処置は大学病院、医師のいままでの経験がものをいう世界だと思います。すべてを医師に任せます。

 

結果的に原因は不明ですが炎症は収まりました。

 

そしてまた一般病床が空いてないので1泊6万の高級ルームを利用させてくれました。ありがたい限りです。

ドレナージ胆汁ボトルで自宅生活2日目

様子を見に午前と午後2回様子見に家に行きました。

なんとか食事をとらせるために飲みやすい栄養剤の明治のメイバランスを。これならなんとか1日1-2本飲めます。

 

3日目のお昼前に父から電話がきました。午前の様子見をまだいってたなかったので何か買うものがあるかと思って出ると

 

「うう~~~くるしぃ~~~!!ハァハァ たすけてぇ!!」

と言って激しい呼吸音しか聞こえなくなってしまいました。電話越しでもやばいのはすぐに分かり、急いで家に行くとハァハァと過呼吸みたいになってました。すぐに救急車を呼んで15分くらいで救急隊の方が到着。その15分がとてつもなく長く感じました。父の手を握ったらぎゅっと握り返してきました。父親の手を握ったのは何十年ぶりでしょうか?幼少期に買い物にいくときに手をつないで歩いたとき以来でしょうか?ふとそんなことを考えました。

 

隊員の方がいろいろ計測すると酸素濃度も80代、末期癌治療中ならかなりまずい状態では?かかりつけの病院に運ぼうとなりました。しかしこちらが入院してたのは都心です。車で2時間弱かかりますが本当に救急車で連れて行ってくれるのでしょうか?もし迷惑なら近隣の病院でいいと伝えたら治療中の病院の方がいいに決まってるのでそこまで運びましょうと言われて心強かったです。隊長の方のキャリア数十年でも初めていく距離と病院だと言ってました。関東から都心の病院に通ってる人達は急変時にどうしてるんでしょうか?あまりいないのかな?

 

いざ出発するとやはり救急車は早いです。しかし都心に近づくにつれて横断歩道の人達がサイレンならしてるのに全然避けなくなってきます。あまりにも顕著で運転手の人がなんだこの人達は!東京ってこんななのか??と怒ってました。なんだか悲しいです。自分はより一層気を付けようとと思いました。

 

1時間もかからずに到着、すぐにCTや血液検査、救急の医者に呼ばれて状態説明。原因不明の腹膜炎を起こしている、さらに腎機能まで不全近くまで落ちてる、とにかくICUで徹底管理すると。

 

すごい言いにくそうに

「経験上この数値、状態ですと、半分以上の可能性でお亡くなりになります、延命処置はしますか?」

と言われびっくり。

心臓マッサージすると肋骨も全部折れると言われてびびる。

せめて家族が来るまでは延命できたらしてくれと伝えました。

 

しかし突然のことで

まだ余命半年といわれて2か月もたってないよ??

こんな簡単に死んでしまうの?

という思いが大きく癌の恐ろしさを目の当たりにしました。

今回は2週間ちょっとの入院で退院です。
気になるのは1泊10万円の個室料金!
ドキドキしながら主治医に聞いたら
「あ~今回は無料になりましたよ~」
助かりました、本当にありがたいです。
100万円請求されたらと思うと、、、
病院に感謝です。
都心で病院を経営するには本当に大変みたいです。

退院後、自宅にまっすぐ帰宅していろいろガーゼやテープを薬局でなんとか揃えます、医療用は中々売ってなくて大変です、病院の売店でも売ってないし似たようなもので代用するしかありません。やはり本来なら入院しながら管理する状態のような気がします。

また、就寝時にドレナージボトルを常に肝臓より低い位置に置いてないといけないため畳に布団では胆汁が逆流してしまうため簡易ベッドを急いで購入。

落ち着ける自宅に戻りましたがシャワーも浴びる気力もなく、コンビニまで歩く力も依然として無いようです。食欲も無いままなので退院時に主治医に経腸栄養剤を頼んだのですが、製品名を指定しなかったので粉を水で溶くエレンタールを処方されてしまいました。これは全然溶けないしコップを洗ったりしなければいけないし不味いしで最悪でした。次回からエンシュアという缶のドリンクにしてもらいます。


経皮経肝胆道ドレナージ手術をしてから数日、血液検査の数値もよくなり高級個室から最低料金の有料室(4人部屋だがテレビ無料なだけで約10000円)になんとか移動できました。高級個室には10日くらいいました。会計が戦々恐々です。

 

とりあえず食事も開始してますが相変わらず食欲がないので病院内のコンビニで好きなものを買って少し摘まんで捨てるを繰り返してます。

 

退院にむけて医師から話があり

「とにかくいったん家に帰って好きなもの食べて体力や体重を回復させて2-3週間後に再度入院して抗がん剤を始めるのと、ドレナージの処置を考える」

とのことですがこんなチューブが肝臓から出てる状態で老人が1人暮らしできるのでしょうか?一人ではチューブを物理的に管理できません。昔の医療点数制度なら確実に入院したままにしてくれたでしょうね。しかし今は容赦なく追い出されます。また本人も入院が窮屈になり退院したいみたいなこと言ったりしてるのも影響してます。

 

看護師から家族の方がチューブの管理方法を覚えてくださいとのことで教えてもらうのですが結構複雑です。傷口のテープの貼り方や抜けないように何か所もテープや服に固定していきます。また廃液ボトルの消毒などいろいろ一気に言われましたが覚えきれません。

 

1人暮らしでは無理なので自分が休んで毎日みにいくことにしました。医師には訪問看護の提案をしたのですが数週間後に入院なので書類とか準備が間に合わないと言われ断られました。前々から調べて言っておけばピンポイントでの訪問看護も医療保険で使用できた感じです。とにかく知らないことだらけなのですべて後手後手に回ります。

 

入院して胆管の詰まったステント交換をして数日たちましたが未だに一泊10万の高級ルームです笑。もう部屋移動はどうなってるのか確認するのも面倒なので放置です。

 

詰まったステントを交換してもやはり血液の数値が安定しないとのことで経皮経肝胆道ドレナージ(PTBD)の処置をすることになりました。

 

(国立がん研究センター)

 

胆管分岐部分に癌があるのでステントが入らないほうの胆管に外からチューブを差し込む手術です。これで肝臓内にたまっている胆汁を外に出して炎症等を落ち着かせる方法です。説明された数日後には手術をしてもらい無事に血液の数値も落ち着いてきました。

しかし肝臓の横からチューブがでてそこから緑色の胆汁が流れ落ちボトルに収容されています。体力が回復するまでこのチューブを外す処置はできないとのこと。動くのに結構神経をつかいます。チューブが抜けてしまったら大変なことになるので。


手術時間は1-2時間かかったそうです。なんだか中々うまく胆管にチューブが入らなくて身体を動かして角度があーだこーだ先生たちが言っていたみたいです。

 

今後は血液の数値がまた悪化しないか様子見のため一週間ほど入院予定、食事も再開して体力と体重の回復を待つ。そして後日また入院して抗がん剤治療とチューブを外す手術を考えているとのこと。肝臓側から詰まってる部分にステントを入れるそこそこリスクのある手術みたいです。