今、辛くても

哀しいことがあっても

いつかは傷が癒えてまた新しいスタートラインに立てる

傷痕は残るけど、それは強さの証となる






暗闇で独りぼっちを感じても

誰かのため何かのために生きる喜びがある














先日、パニック障害の方の診察日に担当医に
「そろそろ復職への活動を少しずつ始めようと思うのですが」
という相談をしました

減薬の面で、勝手に判断して動けないからです
場合によっては診断書も必要です

発作や不安感はまだまだあるけれども、私としては末っ子が入社式を迎える4月頃には又働き始められたら、というのが理想です

色々あった学校も、このままなら無事に卒業式を迎えられそうですし、そこを区切りとして再出発できたらな、と思います



似たようなお弁当ですが

ご飯は250グラム、鶏むね肉100グラム

就職しても引っ越しの費用が貯まるまでは同居を続けるということなので、お弁当作りはまだ当分終わらなそうです




体力が落ちないようにする為と、モチベーションを保つ為の散歩も続けています

私の歩幅、スピードだと一万歩で1時間半程かかります

散歩コースにもよりますが、8000歩を目標としています




空を見上げて、祖母に語りかけます

この地に引っ越してきたのは、祖母の縁でした
祖母の姪にあたる方の空き家があるから、落ち着くまでそこに住まわせてもらえばいい、そんな話がきっかけで全ては動き出したのです

私は、ここで今とても幸せだよ

ありがとう

ずっとずっと大好きよ













先日、次男が帰ってきた時のこと

長男の部屋からこの曲のギターと次男の歌声が



隣の部屋でこっそり撮っちゃった


歌はいいなぁ
音楽って素晴らしい

傷や痛みを癒やしてくれる

息子たちの存在に、私は生かされているとしみじみ思う

誰かの死に触れて人は、命の重さ、尊さを知る

大切に生きること、人生を輝かせること、徳を積むこと、、私はまだまだ成し得ていない

頑張らなくちゃ











祖母が永眠しました

1月6日の事でした

その前日、長男がスノボで転倒、頭を強く打ち記憶障害を起こしました

直後に数度嘔吐したりしたらしく、心配でしたが病院での検査の結果、脳震盪でした

軽く済んだのは、祖母が助けてくれたからだと思います


そして1月7日、次男の成人式でした





スーツは自分で買い揃えた古着をコーディネートして、実に次男らしいと思いました

課題があるので式典だけ出て、そのまま荷物をまとめて他県のアパートへ戻りました

今月末に春休みに入ったらまた帰ってきます


立て続けに大きな出来事があり、ぼんやり考えている暇はありませんでした


成人式後、2日開けて納棺式を経て、葬儀が終わり荼毘に付され、祖母とのお別れから心に大きな穴が空いたようです

もうこの世の何処にもいなくて、顔を見ることも、声を聞くことも、触れることも出来ない哀しみが癒える日は来るのでしょうか

「命にはいつか終わりが訪れ、生ずるものは滅する定めである」
頭では判っていても、人の死というものは受け入れ難いものです





昨日は次男が帰ってくるので、筑前煮を作りました




ちくわは普段入れません
完璧に、あたしンちインスパイアです

長男がスノボで頭を打ちました

今朝朝一で脳神経外科を受診し、所見では何でもなかったようですが

打ってすぐに吐いたり、記憶障害を起こしたので、しばらくは安静にしつつ様子を見ないと