ありのままでいい。
この言葉、
もう当たり前みたいになりましたね。
むしろ、古い?
ありのまま。
そのままの自分で充分だから。
では、ありのままでいいのなら
努力はしなくてもいいのでしょうか?
結論から言うと
努力はいると思う。
そもそも、ありのままって何でしょう?
私は、これを
自分の長所も短所も
まるごと受け入れること
というように、定義しようかと。
つまり、ありのままでいい。
というのは、
長所も短所もある自分でいい。
どんな自分でもいい。
ということ。
ここで、
どんな自分でもいいなら、
もう努力しなくてもいいじゃん!
と、なるなら
おそらく、今までの全ての努力が
認められるため、愛されるために
あったんじゃないかな?って
思うのです。
もっというと、根本は自分の否定。
つまり、良くないと、欠けていると、
思い込んでいた部分を埋めるための努力。
それに対して、
ありのままの自分を受け入れても
いる努力は
自分のありのままのかたちを活かす努力。
大切なものを守る努力や、愛する努力。
努力のベクトルが全然ちがうこと
感じていただけるでしょうか?
ありのままの自分でいるだけで
満足いくように生き抜けるか?というと
少しちがう気がするんです。
だって、
自然災害だって降りかかってくるし
私たちは、従属栄養動物だから
(自分自身で栄養をつくれない)
何かの命をいただかなきゃ
生きていけない。
住むところも、着るものもいるし、
そのために働くこともいる。
価値がないひとはいないけど
自己価値と生き抜くちからは
必ずしもイコールになるとは限らない
女性は結婚すればいいし
と、思うこともあるかもしれないけど
自分が男だったとして
生き抜く気力のない女性と
結婚考えますか?
甘えるのは、頼るのは、
自立した上でのこと。
まずは、
過不足ないフラットな自分で
きちんと立って歩くことから^^
その努力は怠らないようにいたいです!