お盆休み9日間もあって書く事がこれである。

心の中の蟠り、耐えられない事を文章化、結晶化して吐き出す事で社会生活できる心の正常さを保っているのだ。


で、具体的に何が足りないのだ?

「言語によるコミュニケート能力である」


54はハッキリ母親に言っている。

10年以上前から。

「欲しい食べ物は自分で買ってくるから

ご飯だけ炊けば良い」

「俺が買ってきた物を真似て買ってくるな」

自分でもひどい言い草だと思うが、

ぎゃくにこれが行われている様子を想像してほしい。せっかくの休みに肉も解凍されていないような焼きそば、腐りかけの味噌汁、とにかく混ぜ物、これらをすばらしい愛情の具現化の如く出されては休日が台無しだ。それを言葉で指摘しても母は理解できないのだ。


そして俺は何も言わなくなる。

日本語が理解できない人間に、日本語で話しかけるのも、発信者の責任だろう。

そうすると今度は、母が自身で想像して色々買ってくる。

冷蔵庫の中には飲みもしない飲み物牛乳で溢れかえっている。これは母としての愛情の現れと思っているんだろう。


俺が食べ終わった後でおかず並べんな。