、、である。
いつもの鬱ネタである。
母は観察力、洞察力が0である。
父も観察力、洞察力が0である。
(54比、、である)
いや0なら0で、自覚してればいいんだよ。
問題は彼らが「オメーのやっとる事、考えとる事みてーなお見通しじゃあ、タァけ」
と来る事である。何も分かっていないのに。
何も見えていないのに。である。
心理学的な「投影」と言う言葉があるが、
両親がまさに54を投影先としていた。
マラドーナ、王長島と比べ、
「タァケ!タァケア!」である。
イチローの父親のチチローが羨ましくて仕方が無いらしい。
TVを見ながら「イチローはえれぇぇぇ!」
「イチローのおやっさんはほんとっ幸せもんや!」
である。酒や薬物摂取しながら言うのでは無い。
シラフで言うのである。
自他の区別が全くついていないのだ。
TVを見ながら、我が息子に自分の夢(いや妄想)を果たしてもらった悲劇の父を演じたい。
自分は何もせず英雄の父として、賞賛されたい。である。
母も同じだ。悲劇のヒロインである。
まぁよく俺も自◯せずこの歳まで生き抜いたものだ、、
と言いたいところだが、、
と言いたいところだが、、
まぁ未遂などもしていない。が、
従兄弟はしている。完遂している。
まぁそう言う家系なのだ。
従兄弟は勤め先で上手くいかず30くらいで
実家に帰ってきたところ、
実父(54の伯父)と叔父(54の実父)と叔父(54の叔父)に詰られ、
自ら命を断ってしまった。マジでたいがいな家系である。
昔は子供がよく死んだと聞く。
それは医療体制、衛生概念によるものもあった
だろうがこういう心理的虐待もあったのだろう。
父は虐待という概念が無い。
生きる力を与えていると思っているのだ。
いや本当である。何クソという気持ちを持って努力せよ!である。
これが良く無いのは、
「負の気持ちを心の燃料にしてはいけない」という事だ。
何かの格闘漫画のセリフだが、試合場で
「ここは不幸を競う場所ではない」というのがあった。
なんの漫画か忘れたが、これが真の上昇志向だと思う。
負の感情をエネルギーにしてはいけないのだ。
負のエネルギーは、さらに負のエネルギーを呼ぶ。
似たようなセリフは「るろうに剣心」でもあった
「そんなしみったれた強さ(思い?)で拙者は倒せんよ」である。
要は弱さを覆い隠すための強さ、
弱さをバネにした強さ、動機など
剣心曰く「そんなしみったれ」である。
もうこれ30年前の漫画なんだよな、、
自分はこのクッソタレな世界でも生きていく。
明確な信仰宗教は無いが、
神様のお迎えが来る日までこの世で生きていく。
この世には親切にも生きていく道標が時折見つかる。
それを見て遠くを見渡し、またその方角へと歩いていく。
自分の道標の一つは加藤諦三さんだ。
この人の本がなければ自分の心うちが分からなかった。
まだもう少し生きていく。