岡山市南区宮浦
2013. 8.20
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高島神社
(高島宮遥拝所)
所在地

岡山市南区宮浦689
宮浦沖、高島神社(
高島宮址:下記)の南対岸。 
岡山県道74号倉敷飽浦線
(くらしき あくらせん) 沿い南。

駐車場 なし (隣接の駐車場は近隣住民の方の契約駐車場です)

こちらへ高島神社
(宮浦沖)の神様をお迎えする例祭では、境内で
地元獅子舞保存会の皆さんによる勇壮な舞い、地元小学生による
神楽が奉納された後、 子供と大人、それぞれの神輿が町内を練り
歩きます。








ようはいしょ
高嶋宮 遥拝所

(社殿の北)













高 島 (高島宮址)


高島神社 (高島宮址)

昭和15年 文部省指定 「神武天皇聖蹟伝説地」
(昭和15年 5月 6日 官報第3996号)
所在地

岡山市南区宮浦3286 (高島)

社 格 旧村社
主祭神 神武天皇
相 殿 天児屋根命、武甕槌命、経津主命、比咩命 (合祀)
例 祭 10月14日・15日
境内地 982坪
建造物 本殿、幣殿、拝殿、釣殿、神饌所、渡廓下、逢拝所
摂末社 龍神社
氏子数 1,050人、崇敬者数54,000人(参照岡山県神社誌)

由緒沿革 (岡山県神社誌 原文引用)
創 建 神武天皇乙卯年三月(西暦換算:紀元前666年4月)
神武天皇が御東征の砺、当地に行宮を創設せられた
のにはじまる。古事記に記載された高島宮。
西暦772 年、四柱の神「天児屋根命、武甕槌命、経津主命、
比咩命」を奉斎。
(合祀)
朝廷、国司、藩主が、神封、社領、社殿の新改築等を寄進。
明治維新の際に村社に列格。
由緒、昭和15年の文部省 「神武天皇聖蹟伝説地」指定に
より県社に相当。(社格制度:昭和21年廃止)

(私考)
朝廷、代々の備前国司、藩主は、皇祖神に国家・天下安泰を
祈願、崇敬し、 宮浦をはじめ、吉備の穴海 に浮かぶ島々で
古代から農耕、漁労で暮らしていた人々は高島宮の神々に
五穀豊穣、航行安全を祈願、厚く崇敬していたと思われます。

<中世~近代>
739年 (天平11年)、別当寺として高島に備前国分尼寺建立。
現、新華山 松林寺。
別当寺神仏習合の時代に神社の管理を行った寺
1907年 (明治40年)、松林寺が現在地 へ移転。
1926年 (大正13年)、岡山市が高島を海上公園として開発整備。
1940年 (昭和15年)、紀元2600年記念事業 の「神武天皇聖蹟の
調査保存顕彰」として社殿を改築、神域を整備。
紀元2600年記念事業
神武天皇御即位
 (紀元前660年:明治期の換算)2600年
を奉祝し、1940年(昭和15年)に行われた国家事業。
1941年 (昭和16年)、太平洋戦争勃発により開発整備中止。
現在は無人島で定期船の発着もなく、氏子有志の方が定期的に
清掃等の奉仕に出向かれています。


<ご参考>
岡山神社庁 高島神社
デジタル版 「岡山県神社誌」
岡山市立光南台公民館 公式サイト
光が行く 光南台
高島神社のお祭りの巻

いにしえの宮浦
(古代遺跡と伝説、歴史)

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