表通りは人も多いのですが一本裏に入ると静かなこんな感じの道路になり突き当たりのグラーベン通りまで歩いて行きます
「ペスト記念柱」、ヨーロッパ各地に猛威を振ったペストがウィーンを襲ったのは1679年でウィーンでは10万人もの死者が出ました、皇帝レオナルド1世がペスト収束を記念して建た塔で「三位一体記念柱」とも呼ばれていて記念柱の上の父と子と聖霊のことだそうです
それにしても行き交う人が多いこと!
通りを曲がると正面に見えて来たのが「聖ペーター教会」、この建物は18世紀に改築されバロック様式でウィーンで最も古い教会とされています
教会の内部は質素な外観とは違い金が多く使われていて煌びやかで豪華に仕上げられています
天窓から差込む光で柱や装飾された物などが輝きを放ちます
そして外壁にはこんな彫刻もあります
「シュテファン大聖堂」、オーストリアで最も重要なゴシック建築で第二次世界大戦後の共和国の復興の象徴で建築はすでに12世紀に始まっていましたが内装は今日のバロック様相を得るまでに何世紀にもわたって変えられて来ました
4つの塔で最も高いのは、136メートルの南塔で343段の階段を上がるとウィーン市街を見渡すことが出来るそうです
多くのヨーロッパの大聖堂には尖塔が2本ありますがシュテファン大聖堂には塔が一本しかありませんウィーン子なら誰でも知ってる悪魔伝説だそうです
75年かけたシュテファン大聖堂の南塔が15世紀に完成し北塔の建設が始まったのですが工事責任者は工事の遅れに頭を悩ませていました、そんな時悪魔が目の前に現れて「塔が早く完成するよう力を貸してやろう、その代わり神や聖母マリアの名を口に出してはいけない」と取引を持ち掛けます
この取引を受け工事は驚くほど早く進みある日この男が塔に登って出来具合を確認していると婚約者が眼下に通り掛かりました、思わず彼女の名前を「マリア!」と呼んだ瞬間彼は悪魔との取引を破ったことになり塔から落ちて死んでしまいました
それ以来シュテファン大聖堂の北塔は未完成のままで塔が一本の大聖堂にはなったそうです、現在では未完の塔の上に緑色のクーポラが造られています
大聖堂の屋根には様々な色の瓦でオーストリア・ハンガリー帝国の双頭の鷲、ウィーン市とオーストリアの紋章が描かれています
[参考]