マメキチに乗って、美佐は巣穴に戻った。途中、上空から山中を歩く人影を珍しく見掛けたが、この時はさほど気にしていなかった。
ジンに“ホウオウコガネ”の話をすると「そんなの聞いた事ないな~……」と言いつつも快く引き受け、前回と同様に花畑に向かい、虫達や鳥達へホウオウコガネの捜索をお願いした。
「うん?知らないなぁ」「見た事も聞いた事ないぞ」「本当にいるのか?」……反応は非常に薄かったが、全員が他の仲間にも伝えて情報網を広げてもらえる事になった。
その夜、コガネムシが夜行性だと思い出した美佐は、巣穴近くの木へよじ登り、アオドウガネの“ヒロミ”に質問した。
「ホウオウコガネってご存知ですか?」
「う~ん……見た事はないわ。昔お爺ちゃんに聞いた話だと、私みたいに緑色じゃなくって、光沢のある虹色らしいわよ」
「この辺りにはもういないんですか?」
「ハッキリとは言えないけど、この辺で最後に見たのは、お爺ちゃんのお爺ちゃんみたい……ねぇ、私も仲間に声を掛けてみよっか?」
「はい、是非!」
「こう見えても、私達の仲間って多いのよ……みんな、ちょっと集まりなさ~い!」
ヒロミが叫ぶと周りの木から、アオドウガネを含むコガネムシの仲間・カブトムシ・クワガタムシなどが群がってきた。ヒロミは甘い声で訴えた。
「いい、みんなぁ静かにして……この美佐って子がね、あのホウオウコガネ家のご子息を探してるの。よかったらそれを、みんなに伝えていってくれないかなぁ?」
周りからは、「ほ~、久し振りに聞いたなぁ!」「もちろん♪」「ヒロミちゃんのためなら!」と、まるでツンデレの人気アイドルのファンのように合意し、散って行った。
「ねっ!私の一声で、こんなモンよ♪」
「いやホント、助かりますっ!」
「ただ、もしこの林に何かあったら、助けてくれないかなぁ……少しでもいいからさ」
「も、もちろんですとも。宜しくお願いします!」
「こちらこそ。じゃあ、またね♪」
そう言うと、ヒロミは少し離れた木の樹液を吸いに行った。
==================
それから1ヶ月ほど経った……もう少しで梅雨の季節である。この間、羽を生やした新女王アリと雄アリは結婚飛行が行われた。
靖信探しの時と異なり、殆ど情報が入っていない。美佐の一日の行動は、午前が狩り・午後がホウオウコガネ探しと情報収集で固まっていた。
午前中の仕事を終えて巣穴に戻ると、妙に巣穴が大騒ぎになっている。いや、それだけじゃない……周りの草木にいる虫や動物も、あちこちを走ったり飛んだりしている。
キョロキョロする美佐の顔を見たジンが、「お、おい……美佐ぁ!助けてくれ!一大事だ!」と、大急ぎで駆け寄って来た。
「ジンさん。この騒ぎ、何ですか?」
「美佐、聞いてくれ……人間が、この林の木々を伐採し始めたんだ。もしこのまま進められれば、周りの命が危険に晒されるんだ。頼む、助けてくれ……」
美佐の耳には、「ブィーーン……バリバリバリッ!」と大木を切り倒そうとするチェーンソーの音が、遠くから聞こえ始めた。
翌日、巣穴は嬉しい話題で盛り上がっていた。卵から、新たな女王となる幼虫が生まれたそうだ。新女王の成長を前提に、雄アリ達は「我こそは!」と、羽を生やす準備を始めていた。
美佐は身体を戻す薬を手に入れる可能性を信じて、マメキチに乗っていた。マメキチは言葉数こそ少ないものの、目的地へ正確に運ぶなど、今の美佐にとってはジンと同様に欠かせない存在ともなっている。
巣穴の山を頂上まで揚がると、眼下に隣町が見えた。美佐の住んでいた町よりも小さく、どちらかと言えば集落に近い。
マメキチは、黒い木造建築の店“若林漢方”の前に下り立った。美佐がこの店に来たのは、高校の頃のバイト時代以降……龍三と妻のイネとも顔見知りである。
美佐はマメキチから降り、引き戸の隙間から店に入り「すみませ~ん」と声を出すと、奥から腰が少し曲がった老人が現れた。
「は~い……ん?誰もいないのぉ」
「あ、ごめんなさい!足元の方!わたしです……美佐、坂本美佐です!」
龍三は美佐の方に顔をグッと近付くと、驚きながら、
「おぉ~、美佐ちゃんじゃないか。どうしてこんな身体に……ほら、ここに乗りなさい」
と右手を差し出し、美佐は靴を脱いでからそこにヒョイっと登った。
龍三は美佐を大事に掌へ乗せながら和室に入ると、美佐を机にそっと置き、イネを呼んだ。美佐はこれまでの経緯を説明すると、龍三に質問を始めた。
「靖信はどう相談に来たんです?」
「害虫を駆除したいんだが、触りたくも見たくもないから、粉々に出来るような物は無いか……とか」
「それで、どんな漢方を?」
「調べてみたら、“ニジエノコ”という、ネコジャラシの仲間から煎じた漢方での。それを奨めたんだ」
「ニジエノコの漢方って、効果があるんです?」
「体内だけでなく、甲虫を覆う外皮までも小さくしてしまうそうだな……そうか、美佐ちゃんはそれを飲まされたのか。すまん……」
「いえいえ、そんなぁ!わたしの不注意もありましたし……泣かないで下さい」
「いや、申し訳ない……美佐ちゃんに、何か手助けが出来ればいいんだが」
「例えば……身体を元に戻す方法とかはありませんか?」
「う~ん、今のところは……婆さん、あの分厚い本を持ってきてくれんか?」
イネは「はい、わかりましたよ」と涙を拭いながら奥の部屋に向かって行くと、“日本漢方薬便覧”という厚さ10センチほどの本を両手に持ち、戻ってきた。
手渡された龍三は老眼鏡を掛けると、机に便覧を開きながら、虫眼鏡の向こうの文字と格闘し始めた。
美佐は、龍三がページをめくる度に漂う古びた本の香りで、子供の頃によく遊びに行った祖母の家を思い出す……もうその家には誰も住んでいないが、いとこと階段を上り下りして駆け回った記憶の映像を懐かしんだ。
10分ほど経つと、龍三が急に本に顔を近付け、「おぉっ!」と驚きを見せて美佐に語った。
「美佐ちゃん……断言出来んが、もしかしたら身体が戻るかもしれん!」
「え、ホントですか?どんなモノですか?」
「“黄金湯(こがねとう)”と呼ばれるもので、“ホウオウコガネ”というコガネムシの一種からの煎じ薬らしい。ただ……」
「えっ、ただ……?」
「このホウオウコガネというのが滅多に見つからない虫らしく、さっきも話した通り確実に戻るかも分からん……」
「そうなんですか……」
美佐は、じっくり考え、答えた。
「龍三さん、イネさん。わたし、ホウオウコガネを探します!このまま一生を棒に振る事なんて出来ません!もし見つけた時は、お手伝い頂けますか?」
龍三とイネは、大きくうなずいた。
美佐は身体を戻す薬を手に入れる可能性を信じて、マメキチに乗っていた。マメキチは言葉数こそ少ないものの、目的地へ正確に運ぶなど、今の美佐にとってはジンと同様に欠かせない存在ともなっている。
巣穴の山を頂上まで揚がると、眼下に隣町が見えた。美佐の住んでいた町よりも小さく、どちらかと言えば集落に近い。
マメキチは、黒い木造建築の店“若林漢方”の前に下り立った。美佐がこの店に来たのは、高校の頃のバイト時代以降……龍三と妻のイネとも顔見知りである。
美佐はマメキチから降り、引き戸の隙間から店に入り「すみませ~ん」と声を出すと、奥から腰が少し曲がった老人が現れた。
「は~い……ん?誰もいないのぉ」
「あ、ごめんなさい!足元の方!わたしです……美佐、坂本美佐です!」
龍三は美佐の方に顔をグッと近付くと、驚きながら、
「おぉ~、美佐ちゃんじゃないか。どうしてこんな身体に……ほら、ここに乗りなさい」
と右手を差し出し、美佐は靴を脱いでからそこにヒョイっと登った。
龍三は美佐を大事に掌へ乗せながら和室に入ると、美佐を机にそっと置き、イネを呼んだ。美佐はこれまでの経緯を説明すると、龍三に質問を始めた。
「靖信はどう相談に来たんです?」
「害虫を駆除したいんだが、触りたくも見たくもないから、粉々に出来るような物は無いか……とか」
「それで、どんな漢方を?」
「調べてみたら、“ニジエノコ”という、ネコジャラシの仲間から煎じた漢方での。それを奨めたんだ」
「ニジエノコの漢方って、効果があるんです?」
「体内だけでなく、甲虫を覆う外皮までも小さくしてしまうそうだな……そうか、美佐ちゃんはそれを飲まされたのか。すまん……」
「いえいえ、そんなぁ!わたしの不注意もありましたし……泣かないで下さい」
「いや、申し訳ない……美佐ちゃんに、何か手助けが出来ればいいんだが」
「例えば……身体を元に戻す方法とかはありませんか?」
「う~ん、今のところは……婆さん、あの分厚い本を持ってきてくれんか?」
イネは「はい、わかりましたよ」と涙を拭いながら奥の部屋に向かって行くと、“日本漢方薬便覧”という厚さ10センチほどの本を両手に持ち、戻ってきた。
手渡された龍三は老眼鏡を掛けると、机に便覧を開きながら、虫眼鏡の向こうの文字と格闘し始めた。
美佐は、龍三がページをめくる度に漂う古びた本の香りで、子供の頃によく遊びに行った祖母の家を思い出す……もうその家には誰も住んでいないが、いとこと階段を上り下りして駆け回った記憶の映像を懐かしんだ。
10分ほど経つと、龍三が急に本に顔を近付け、「おぉっ!」と驚きを見せて美佐に語った。
「美佐ちゃん……断言出来んが、もしかしたら身体が戻るかもしれん!」
「え、ホントですか?どんなモノですか?」
「“黄金湯(こがねとう)”と呼ばれるもので、“ホウオウコガネ”というコガネムシの一種からの煎じ薬らしい。ただ……」
「えっ、ただ……?」
「このホウオウコガネというのが滅多に見つからない虫らしく、さっきも話した通り確実に戻るかも分からん……」
「そうなんですか……」
美佐は、じっくり考え、答えた。
「龍三さん、イネさん。わたし、ホウオウコガネを探します!このまま一生を棒に振る事なんて出来ません!もし見つけた時は、お手伝い頂けますか?」
龍三とイネは、大きくうなずいた。
5日後の夕方を迎えた。昨晩から降った大雨も上がり、オレンジ色の太陽と空が、土や水溜りを照らしている。木々の葉から落ちる滴は美佐や虫にとって体に鞭を打たれるような痛みも与えるが、離れて見ればそれらがキラキラと光り、まるで無数の太陽のよう……。
襲撃の許可が下りてから一昨日まで、巣の近くの林の中で数多くの虫や鳥が集まり、靖信の日頃の行動をもとに綿密に作戦を練った。陣頭指揮はジンが行なう。
美佐とジンは、ハトのマメキチに乗り込み、集合場所へ向かった。そこは、町の駅から少し離れた雑居ビル屋上。到着した頃には真っ暗になっていたが、蛍光灯と月明かりで、白くモヤッと照らされた小さな公園が見える。
公園の時計が20:30を過ぎた時、公園に少し酔った男が現れた……靖信である。ジンは「今だ!」と号令をかけた。
先陣を切ったカラスの群れは、靖信の膝裏を追撃し、身体を仰向けに起こして飛び去った。
その直後、公園の草むらに潜んでいたミツバチ10匹が、飛び出し、靖信の顔を攻撃した。
シーンと静まり返ると、美佐とジンを乗せたマメキチ・スズメバチのチュンチーは、仰向け倒れる靖信の顔に近付いた。
靖信の周りには、針をなくして命を落としたミツバチの屍が落ちている。美佐は静かに手を合わせ、彼らに冥福を祈った。
一方の靖信は、微かな光ではあったものの、刺された顔が少し腫れているのがわかり、ゼェゼェと息をしている。
美佐はマメキチに乗りながら、靖信に話し掛けた。
「靖信、わたしです。わかりますか?」
「ん、美佐か……どこにいるんだ?」
「それは聞かないで、殺されるのが目に見えてるから」
「何だよ……お前生きてたのか」
「えっ……あなた、殺そうとしたの?」
「そうだ。全てにおいて邪魔な存在になったからな」
「ボランブルの件だけじゃなく、家族の件も……よね?」
「お前、知ってたのか!」
「最近、ある方法で知ったわ……ねぇ、どうやって殺そうと?」
「ある知り合いから貰った毒を、予めシャンパングラスに入れててな。お前がソファーに倒れ込んでからグラスを洗い終えて戻ると、知り合いの言ってた通り、身体も服も小さくなっててな。ゴミかホコリと思ったよ、アッハッハッハ……それで、山に捨てた」
その靖信の笑い声に、美佐の怒りは頂点に達した。
「なぁ……何笑ってんだよ!ゴミ?冗談じゃねぇよ、こうして生きてるのに!アンタなんて、今のわたしなら一声で殺せるのよ!」
美佐の“殺せる”という言葉に、靖信は声を失った。美佐は質問を続けた。
「で、身体を元に戻す方法は?」
「知らない……その知り合いが知ってるかもな」
「じゃあ、その知り合いっていうのは?」
「隣町の“若林漢方”って店、知ってるか?」
「ええ、古びた小さな民家でやってるお店ね」
「そこの店主……龍三さんだ」
「わかったわ……でも、感謝しない。むしろ、このスズメバチがマンション近くに営巣して、わたしの身体が元に戻るまで監視してくれるんだって。もし変な動きをしたら、次こそアンタの命はないから……覚悟して」
そう言うと、靖信を公園に放置したまま、ジンと美佐を乗せたマメキチ・チュンチーは、雑居ビルの屋上に戻って行った。
「チュンチーさん……あとは監視をお願いします!」
「ああ、俺達に任せろ。美佐、たまに遊びに来いよ……」
「はい、遅くまでありがとうございます!」
そう美佐が言うと、チュンチーは靖信のマンションの方へ飛び立り、ジンと美佐もマメキチに乗って巣へ戻って行った。
襲撃の許可が下りてから一昨日まで、巣の近くの林の中で数多くの虫や鳥が集まり、靖信の日頃の行動をもとに綿密に作戦を練った。陣頭指揮はジンが行なう。
美佐とジンは、ハトのマメキチに乗り込み、集合場所へ向かった。そこは、町の駅から少し離れた雑居ビル屋上。到着した頃には真っ暗になっていたが、蛍光灯と月明かりで、白くモヤッと照らされた小さな公園が見える。
公園の時計が20:30を過ぎた時、公園に少し酔った男が現れた……靖信である。ジンは「今だ!」と号令をかけた。
先陣を切ったカラスの群れは、靖信の膝裏を追撃し、身体を仰向けに起こして飛び去った。
その直後、公園の草むらに潜んでいたミツバチ10匹が、飛び出し、靖信の顔を攻撃した。
シーンと静まり返ると、美佐とジンを乗せたマメキチ・スズメバチのチュンチーは、仰向け倒れる靖信の顔に近付いた。
靖信の周りには、針をなくして命を落としたミツバチの屍が落ちている。美佐は静かに手を合わせ、彼らに冥福を祈った。
一方の靖信は、微かな光ではあったものの、刺された顔が少し腫れているのがわかり、ゼェゼェと息をしている。
美佐はマメキチに乗りながら、靖信に話し掛けた。
「靖信、わたしです。わかりますか?」
「ん、美佐か……どこにいるんだ?」
「それは聞かないで、殺されるのが目に見えてるから」
「何だよ……お前生きてたのか」
「えっ……あなた、殺そうとしたの?」
「そうだ。全てにおいて邪魔な存在になったからな」
「ボランブルの件だけじゃなく、家族の件も……よね?」
「お前、知ってたのか!」
「最近、ある方法で知ったわ……ねぇ、どうやって殺そうと?」
「ある知り合いから貰った毒を、予めシャンパングラスに入れててな。お前がソファーに倒れ込んでからグラスを洗い終えて戻ると、知り合いの言ってた通り、身体も服も小さくなっててな。ゴミかホコリと思ったよ、アッハッハッハ……それで、山に捨てた」
その靖信の笑い声に、美佐の怒りは頂点に達した。
「なぁ……何笑ってんだよ!ゴミ?冗談じゃねぇよ、こうして生きてるのに!アンタなんて、今のわたしなら一声で殺せるのよ!」
美佐の“殺せる”という言葉に、靖信は声を失った。美佐は質問を続けた。
「で、身体を元に戻す方法は?」
「知らない……その知り合いが知ってるかもな」
「じゃあ、その知り合いっていうのは?」
「隣町の“若林漢方”って店、知ってるか?」
「ええ、古びた小さな民家でやってるお店ね」
「そこの店主……龍三さんだ」
「わかったわ……でも、感謝しない。むしろ、このスズメバチがマンション近くに営巣して、わたしの身体が元に戻るまで監視してくれるんだって。もし変な動きをしたら、次こそアンタの命はないから……覚悟して」
そう言うと、靖信を公園に放置したまま、ジンと美佐を乗せたマメキチ・チュンチーは、雑居ビルの屋上に戻って行った。
「チュンチーさん……あとは監視をお願いします!」
「ああ、俺達に任せろ。美佐、たまに遊びに来いよ……」
「はい、遅くまでありがとうございます!」
そう美佐が言うと、チュンチーは靖信のマンションの方へ飛び立り、ジンと美佐もマメキチに乗って巣へ戻って行った。