この記事を読んで頂きたいのは
・現在統合失調症”や”その他精神障害”と闘病中の方!
・御家族が障害者の方
・私の経験から自分の闘病に役立てたい方

<この闘病記を書いている動機や背景>
および
<私の統合失調症(主に陰性症状)>
はこちら↓

 

 



まず結論から簡潔に述べます。

私は統合失調症克服のために今まで資格取得や運動に取り組んできました。
加えて自分の障害や薬を調べ自己分析と内省を重ねてきました。

その経緯を順序立てて語らせて頂きます。

今日は私が勤めた作業所の経験について語り書きします。


<食品加工のA型作業所に通所>

著作者:freepik/出典:Freepik


私が去年一番直近で退職したA型作業所の話になります。
私は別の農業メインのA型作業所で苛烈なパワハラに遭い
新しい職場を探してハローワークで求職活動をしていました。

2年前の9月にその事業所に就職しました。
就労継続支援A型なので実質一般雇用と
契約条件や扱いは同じで契約書もかわしました。

仕事の内容は包丁を使った食品加工や
冷凍の材料を計量してシーラーする等
の単純な業務でした。
私はパティシエとしての活動は休止中で
通販事業開始前でしたが
魚を捌いたりは時折していましたので
包丁の扱いはある程度心得ていました。

切った内容は主にイカや肉など
お好み焼きに使う食材です。
切り方ややり方はマニュアル化されており
写真や手順に従ってやるだけのシンプルな内容でした。

計量にしてもアナログの計量器で図るので
複雑ではなく極めてシンプルでした。
何より道具をいろいろ揃えてくれていたので
パティシエである私はそれらを駆使して
他の利用者より正確で速い内容で仕事をこなしていました。

仕事を続けていく中で新しい人間も入ってきたり
人の入れ替わりなどはありましたが
私はそんな事はお構いなしに
日々の仕事に集中していました。

同じ作業でも心持ちややり方次第や
創意工夫を重ねる事で成果が目に見えて出るからです。
例えば食材を計量するなら素手の方が良い肉類。
スプーンを使った方が良い食材。
あるいはコーンのような粒状のものなら、計量カップとスプーンの併用。
更に計量器への乗せ方や測り方でも変わります。

計量器になるべく衝撃を与えずふわりと乗せる事で
針のブレが少なくなり素早く計れます。
更に数値も正確にピッタリじゃなく
プラスマイナスの少量の閾値を設ける事。
こうする事で抜群に仕事の作業性や効率はアップします。

私は職人意識を持ち単純な作業でも
徹底的に向上心や意欲を持って作業に集中し
いつの間にか作業所ではスタッフや利用者からも
一目置かれる存在になっていました。

ただ、スタッフとはやり方や考え方について
意見がぶつかることもありました。
既存のやり方に縛られて
より効率的なやり方や上のやり方は開拓せず
ただボーっと仕事をこなす事や
些細な事で口を出されることがでてきました。

利用者にしても就労意欲が低く
作業中に雑談が多く
はっきり言って集中して取り組んでいるとは
とても言い難かったです。
私からすれば
「本当にこの人たちは社会復帰を目指しているのか?」
と疑問に感じる程仕事への意識や姿勢は低かったです。

挙句に私語を嫌い作業に没頭する私を
勝手に嫌い、勝手に畏怖し
私は不快極まりなかったです。
中には真面目に社会復帰を目指されている方もいて
そういった方とのみ対話していました。

ですが、利用者は知的障害や精神障害が多く
正直私より障害の度合いが重い相手なので
会話が成立しなかったり、相手の機嫌に波があるので
私は関わる事は避けました。
始めこそ仲間意識を持って話しかけていましたが
「話しかけられるのがしんどい」
と言われた時私の中でそういった相手方と
会話や対話する意義を失いました。

何よりその方は私と同じ統合失調症でしたが
考え方や仕事への取り組みは別物でした。
話していて違い過ぎるなと感じました。

社会復帰を明確に目指し
作業所の作業ではなく
雇用契約を交わした就業と認識しているのは
私のみでした。

私はその辺りの考え方も他の利用者やスタッフとは噛み合わず
他の利用者やスタッフの
仲良しこよしで場当たり的な作業の取り組みに
心底嫌悪感を抱いていました。

価値観や考え、目的は人それぞれなので
私が正しいとか、彼らがおかしいとか
そんな単純な話では無いです。
ただ、相性が噛み合わないとだけ率直に感じました。


<サービス管理責任者の言動>

著作者:freepik/出典:Freepik


そのA型作業所のサービス管理責任者の言動は
異質なものがありました。
良く言えば全ての利用者を救う慈愛の方。
悪く言えば現実が見えていない理想主義者でした。
それに基づくエピソードがあります。

とある女性利用者数名が
利用者数が増えてきて
大勢と働くのがしんどいと異議を唱えました。
それをサービス管理責任者は
女性利用者らが被害者のような認識をし
全く関係ない私や他の大勢の利用者に
強引な介入をしようとしました。

具体的には勤務時間帯を2交代制にし
就業する人数を半分にするといったものでした。
ただ、それを実践すると多大な弊害が生じます。
利用者の中には家族を持っている主婦や母親の方がいます。
また、体調の事情から早い時間帯の勤務ができず
ハローワークに就業時間帯を調整してもらったうえで
働いている方もいます。

私も9時から始まる仕事を
無理やり8時半に早めさせられる等
サービス管理責任者に強要されました。

これのどこに問題があるかと言うと
ごく数名を辞めさせないがために
他の二十人近くの就業時間を無理やり変更させ
その結果利用者の生活リズムや体調に大幅な
支障をきたすリスクがあるという事です。

私自身もいつもバイクで
片道40分から1時間かけて通勤しています。
強引に30分も早めさせられると
通所の生活リズムは大幅に乱れますし
朝の通勤ラッシュを体が寝ぼけた状態で運転するのは
交通事故につながります。

私はこのサービス管理責任者の言動の背景を探り
スタッフや作業所の母体企業、ハローワークに話を伺い
サービス管理責任者が勝手に暴走している行為だと知りました。

発覚したのは母体企業からは
サービス管理責任者はヒアリングのみを要求され
就業時間を勝手に変更する事や無理強いする事は
一切されていないという事でした。

スタッフはサービス管理責任者には逆らえない…
利用者はサービス管理責任者が言う事だから従わないと…
そんな感じでしたがハローワークからは
「勝手な就業規則の変更は契約書に違反する」
「利用者の障害状態が悪化する」
と問題視しました。

結果的にそのサービス管理責任者は
母体企業から厳重な注意を受けて
それから体調不良になり退職しました。
全ての利用者を助けたいと考えるのは
福祉をやる人間としてとても理想的だと言えます。

しかし、ごく少数の人間を是が非でも辞めさせない為
他の人間にその負担や尻拭いを強要するのは
えこひいきであり、サービス管理責任者として
公正な判断ができていないと私は感じています。

何より20人近くの他の利用者に多大な迷惑や負担をかけて
自分たちさえ良ければそれで良いと考える
異を唱えた利用者も我が儘だと私は今でも感じます。
自分自身を変えずに周りや環境を変えようとする…
こういった事は障害者や健常者問わず誰でも考えます。

しかし人間は自分自身を変える事しか本質的にできません。
自分を変える…すなわち成長するという事です。
他人や環境を自分の思い通りに変えた所で
自分自身が一切変わらなければ
結局また別の問題や不満が生じます。

また、サービス管理責任者も
自分が味方した側しか助けられない
という当たり前の真理や本質を理解していませんでした。
一見どの利用者も辞めさせずに続けさせようという行為は
全ての人間を救う選択のように感じます。

しかし、本質的にサービス管理責任者は
少数の利用者の味方をし
多数の利用者に負担を強要して歪に共存させようとしました。
その行為に正当性があり問題ないなら
母体企業やハローワークは問題視していません。
そういった事が
自分より年上で
サービス管理責任者をやっている方でも
理解できていないのだと感じました。

この一件を気に私はこの作業所を見限り転職を検討します。


<利用者の飲酒運転や飲酒勤務の常態化と放置>

著作者:freepik/出典:Freepik


私が退職を決意した決定的なエピソードになります。
作業所には重度のアルコール依存症の利用者がいました。
サービス管理責任者に以前厳重な注意を受けて
その利用者は飲酒を控えていました。

ですが自制が全く効かずに
サービス管理責任者にアルコール依存症患者の
隔離病棟に入院する事を促されました。
その利用者は両親の年金暮らしで
過去にも入院経験があるが効果が無かったと言い
入院を拒みました。

最終的にその利用者は
抗酒剤という劇薬を使い断酒を決意しました。
しかし抗酒剤の副作用が生じた事と
注意を促したサービス管理責任者が退職した事で
歯止めが効かずに飲酒状態で
自転車通勤や包丁を使った業務を行うなど
かなり無茶をしていました。

またその作業所には迷惑駐車やたばこのぽいすてが
横行していましたがその利用者は
タバコを吸っている一般人に注意し
無視をされたら
「無視するなオラ!!」
と絡んだり関係のない第三者に
攻撃的かつ凶暴な態度を取っていました。

私も調べましたがアルコール依存症の方は
病状のステージが進むと断酒が非常に難しく
更にアルコールの入った状態では
人格が豹変し攻撃的かつ凶暴になるという
性質があると知りました。

私はその利用者に真剣に話をしましたが
本人は
「死んでもいいから酒が飲みたい」
と訴えて更に私の話は全く耳を貸しませんでした。
挙句に後日私に誹謗中傷の電話を掛けてきました。
今思ってもその時のその利用者の態度は極めて攻撃的で
しかも休日だったので飲んでいるんだろうなと感じました。

私はその利用者の言動や
常日頃の飲酒運転や飲酒勤務を問題と認識しました。
職場のスタッフや母体企業の人間や
市役所の障害福祉課や警察に相談しました。

その利用者の取っている言動は
第三者に攻撃的な態度をとる事や
酒気帯びや飲酒状態で自転車を運転する飲酒運転。
さらに飲酒運転で万一事故を起こして
児童や高齢者を負傷や死亡させるリスク。
更に警察に逮捕されるリスクや
医療的措置や介入が必要な状態だと
障害福祉課や警察に申告されたからです。

私は各関係機関に相談しましたが
職場のスタッフや母体企業の人間は
「飲酒運転を原因にクビにはできない」
と発言しそのずさんな対応で
私は退職を決断しました。

私はその利用者が自制が一切効かない事や
凶暴で攻撃的な事から両親を脅迫して飲酒している事
更には私に飲酒状態で仕事していると申告したことから
仲が良かった方ではありましたが
冷徹に処断しました。

障害と言っても様々ありますが
アルコール依存症も重篤な障害だと感じます。
本人の臓器はぼろぼろで痛風になっていました。
更に攻撃性や凶暴性が出て他人に絡む事や
飲酒運転と言う道路交通法での重罪を犯す事。
なにより飲酒運転で罪もない人を負傷や死亡させるリスク。
それらを考えると決して軽んじていいものではないと思いました。

私も職業柄フランス菓子で酒を使いますし
日常的に酒を飲みますが
その利用者との出来事で
いまでは飲酒への認識や中毒性には注意しています。




この事例を通してこの記事を読んで下さった皆様にも
何か伝わるものがあれば幸いです。

この記事を読んで頂きたいのは
・現在統合失調症”や”その他精神障害”と闘病中の方!
・御家族が障害者の方
・私の経験から自分の闘病に役立てたい方

<この闘病記を書いている動機や背景>
および
<私の統合失調症(主に陰性症状)>
はこちら↓

 

 



まず結論から簡潔に述べます。

私は統合失調症克服のために今まで資格取得や運動に取り組んできました。
加えて自分の障害や薬を調べ自己分析と内省を重ねてきました。

その経緯を順序立てて語らせて頂きます。

今日は予定を変更して障害者の父について語り書きします。


<在宅介護の深刻化>

著作者:cookie_studio/出典:Freepik


父はリハビリには消極的で
デイケアや訪問リハ以外では
自主的にはほとんど行いませんでした。

その結果、体はどんどんADLが低下し
四肢の筋力は弱まってきました。
問題なく歩けていた体が
歩ける距離や時間が減少していきました。

また、やってきてくれた訪問リハの方にも
「体を動かして下さい」
と散々言われたにもかかわらず
無視し続けて食べて寝る生活を送っていました。

やがて歩くことが自由にできなくなり
杖を使う様になりました。
この時点できちんとリハビリに取り組んでいれば
まだ身体の機能は回復または筋力低下を
遅らせる事ができました。

しかし父は体が酷くなっても
リハビリは自主的には行いませんでした。
見るに見かねて訪問リハの方が
リハビリの手順を図解で手作りで
作って下さりました。
その行為や心さえも父は無視し
怠惰な生活を続けました。

ついには自分で満足に立ち上がる事も出来なくなり
寝たきりに近い状態になります。

あらゆる機能が低下しました。
身体の筋力だけでなく
嚥下機能や発声が低下し
更には排泄や食事にも支障が出ました。
極めつけは認知機能の低下で
会話をしない事や頭を使った生活を
しなかった為、物事を論理的に思考したり
今まで簡単にできていたことが完全にできなくなりました。

トイレも不自由な為服薬で調整されましたが
それが切欠で父は尿が自由に出せない体質になり
尿道に管を通してバルーンで
尿を排尿する体になりました。

体重が重たい事や四肢の筋力が弱い事
何よりバルーンを付けた事で
私や母が介助するのも満足にできず
遂には介護ができない状態になりました。

ADLの低下が深刻化し
在宅生活が極めて困難になった為
私は自身で老人ホームを探し始めました。

<ホームに入居>

著作者:freepik/出典:Freepik


ケアマネージャーがホームの目星をつけていましたが
結論から言うとろくに探しませんでした。
テレビで宣伝しているところや近所のところだけ捜し
そこに入れと言うだけでした。
更には無茶な提案として
ホームヘルパーを我が家に常駐させる
という提案もしました。

正直ケアマネージャーのあまりに
ほったらかしで近所しか探さず
こちらの金銭的事情などを一切かんがみない
おざなりな姿勢に私は呆れました。

私はインターネットで介護施設の登録サイトに入会し
自力で他府県の施設と交渉し
入居の条件や費用を話し合いました。
なんとか近隣の他府県で条件を満たす施設が見つかり
自宅に面談に来て下さりました。
その面談で私と母は施設の担当者に意向を伝え
事情を詳しく伝えました。

入居費用などは引き下げて下さり
こちらの許容範囲で父の入居を許可して下さりました。
後日父を他府県に母が付き添いの下で
施設の方が車で迎えに来てくれ無事入居が決まりました。

結局ケアマネージャーはろくに施設も探さず
全部こちらに丸投げでした。

我が家の様に家族を施設に入れたくてもできない皆様。
動いてくださるケアマネージャーなら
施設をきちんと探して下さるかもしれません。

しかし、専門職でケアマネージャーと言えど
相手は人間でしかも大勢の担当利用者を抱えています。
一人一人にきめ細かい支援をすることは至難です。
中には私のケースの様に丸投げでほったらかしの
ケアマネージャーもいます。

本当に状況を改善したいなら自力で
施設を探したり相談する事も時には必要です。


また、父の事例を通してお分かりになられたと思いますが
当人がリハビリや治療を疎かにすれば
病状や事態がどんどん深刻化します。
本人は「周りが助ける。自分は関係ない」
と無頓着ですが苦しむのは介護者であり最終的には本人です。

父は最終的に体が不自由になり管を付けたままの生活になりました。
リハビリをきちんと行い、周りの人間の忠告をしっかり聞けば
まだ家で元気に暮らし自由に歩くこともできたかもしれません。

支援して下さるスタッフや当人が
怠惰で能動的でないなら
悲惨な事になります。

父の事例を通してこの記事を読んで下さった皆様にも
何か伝わるものがあれば幸いです。

 

今日はこの位にしておきます。

今後の記事は私の闘病体験をメインに綴ります。
私の人間性を理解してもらう事や
主観的な感情移入できる内容が大切だと感じたからです。

 

 

基本的には更新できる限り更新しますし
余裕がある時に新しい新作の記事を記載します
(商品化はしませんが私のお菓子作りを知って頂く記事にします)

私の経験が皆様の闘病に役立つ事を願います。

この記事を読んで頂きたいのは
・現在統合失調症”や”その他精神障害”と闘病中の方!
・ケーキが大好きな方
・私の経験から自分の闘病に役立てたい方

<この闘病記を書いている動機や背景>
および
<私の統合失調症(主に陰性症状)>
はこちら↓

 

 


まず結論から簡潔に述べると

私は統合失調症克服のために今まで資格取得や運動に取り組んできました。
加えて自分の障害や薬を調べ自己分析と内省を重ねてきました。

その経緯を順序立てて語らせて頂きます。

今日は私が試作しているケーキを紹介します。

<コンセプト>


今作は塩の効いたプロセスチーズ、濃厚なコクのあるカボチャ
清涼感のある大葉、むっちりとした食感のドライプルーン
を組み合わせました。

イメージとしては料理風のケーキで
ワインなどお酒と食べるのを想定した作品です。
本来はブルーチーズを使う予定でしたが
入手できなかった為
プロセスチーズと大葉で特徴的なチーズクリームを作っています。

ちなみにカボチャはオーブンで焼いてコクを引き出し
ペーストにしてムースに使っています。
ドライプルーンは甘さ控えめでむっちりとした食感が
ケーキにアクセントを与えています。

印象としては甘じょっぱいケーキで
濃厚ながらも食べやすい独創的な作品に仕上がりました。



<パーツ構成>

画像
パーツはまず底に香ばしいビスキュイで食感をプラス。
次にカスタードクリームとバターを合わせた
ムースリーヌクリームにプロセスチーズを加えて
チーズクリームを作成。

更に荒く切った大葉をチーズクリームに混ぜ込み
味や風味のアクセントに。
中にはドライプルーンを加えて色合いと食感を付与。

カボチャはオーブンでじっくり焼き
甘さやコクを引き出して砂糖を控えて
カボチャの濃厚なムースに仕上げています。

また、仕上げにカボチャの皮やドライプルーン
大葉を使う事でケーキにシズル感や素材感を
演出しています。

ケーキを作る時は
味のバランスや素材の相性
食感や狙いたい印象
これらを計算しています。

そこに季節や食べる方の年齢層や性別
好みなどが絡んできます。
万人に好かれるケーキを作る事も大切ですが
私は作品ごとに食べて頂く相手をイメージして作っています。

今回は甘いものが苦手でお酒が好きな方
を対象にした料理風のケーキに仕上げています。


<味についての印象>

画像
香ばしくむっちりしたビスキュイが
甘じょっぱいチーズクリームや大葉の清涼感
とマッチしクセになる味わいです。

ドライプルーンのムチッとした食感も面白く
何よりカボチャのムースがコクがあり
一人で丸々食べられる濃厚で軽やかな
作品に仕上がっていました。

チーズケーキというとクリームチーズを連想しますが
私はブルーチーズやカマンベールチーズなど
塩気が効いたチーズを使うのも好きです。

チーズを使ったケーキは使うチーズで
かなり個性が出るのでとても楽しいです。


基本的にですが
私が作るケーキは
濃厚さや酸味や苦みが効きつつ
優しい甘さや軽やかな味わいで
一人でもホール一台が食べられる様に
工夫しています。

今後も試作ケーキは紹介していきますので
闘病記の箸休めにお読み頂けると幸いです。

次回は闘病記の続きを語り書きします。

今後の記事は私の闘病体験をメインに綴ります。
私の人間性を理解してもらう事や
主観的な感情移入できる内容が大切だと感じたからです。

基本的には更新できる限り更新しますし
余裕がある時に新しい新作の記事を記載します
(商品化はしませんが私のお菓子作りを知って頂く記事にします)

私の経験が皆様の闘病に役立つ事を願います。
次は私が統合失調症の療養生活から進んだ進路について語ります。

よろしくお願いします。

この記事を読んで頂きたいのは
・現在統合失調症”や”その他精神障害”と闘病中の方!
・御家族が障害者の方
・私の経験から自分の闘病に役立てたい方

<この闘病記を書いている動機や背景>
および
<私の統合失調症(主に陰性症状)>
はこちら

 

 



まず結論から簡潔に述べます。

私は統合失調症克服のために今まで資格取得や運動に取り組んできました。
加えて自分の障害や薬を調べ自己分析と内省を重ねてきました。

その経緯を順序立てて語らせて頂きます。

今日は予定を変更して障害者の父について語り書きします。


<パーキンソン病発症初期>

著作者:freepik/出典:Freepik

父の身体の異変が始まりました。

まず半身の引き連れを起こすようになり
手の震えや顔の引きつりを起こしました。
また握力や筋力も衰え自分で歩くのが
困難になりました。

私は管轄の地域包括支援センターに連絡し
ケアマネージャーを紹介してもらいました。
そのケアマネージャーは要介護認定や
必要な支援を手配してくれました。

支援の内容は支援計画作成や訪問によるカウンセリング。
あとは在宅でのリハビリなどがメインでした。
始めのうちは症状が軽度で在宅でも生活可能でした。
自宅も制度を使いバリアフリーの為
手すりを付ける等改装も行いました。

理学療法士や訪問看護師が自宅に来て
父のリハビリや身体のチェックを行う様になりました。
父には話し相手になり信頼関係も
ある程度築いていました。

しかし、父自身はリハビリには精力的ではなく
また自主的にはリハビリは行わず怠惰な生活を
送っていた為、正直リハビリの効果は薄かったです。
追々ショートステイやデイケアも使い始めますが
初めはそれらに行く事も難色を出していました。

パーキンソン病だけでなく
精神障害や発達障害や人格性障害もある為
支援してくれる理学療法士や訪問看護師
更にはパーキンソン病の主治医とも
途中から関係が悪化してきました。

特に酷かったのは訪問看護師と
パーキンソン病の主治医でした。
訪問看護師は初めは精力的でしたが
徐々に態度がおざなりになりました。
最も酷かったのは自分たちが
「困ったことがあれば連絡して下さい」
と緊急連絡先を教えていて
いざ連絡したら不満や苦情を唱えた事です。

父の体の不自由さも厄介ですが
体重が80キロ以上をゆうに超えた肥満体で
よく階段や廊下で途中で硬直する事がありました。
父が階段から落下しそうな状況で
体重が重すぎて動かせないため早朝の時間帯に
緊急連絡先に連絡しました。

そうしたらやってきた看護師は不満そうな顔をし
後にただの悩み相談で呼び出されたと
仲間に報告していました。
自分たちが困ったら連絡しろと言っておいて
いざ連絡したら
「くだらない要件で連絡するな」
とわざわざ父と母に苦情を言ったときは
私も頭に来ました。

どうでもいい時にぞろぞろと大勢でやってきて
いざ緊急時で困って連絡したら
そんな良い方や対応をされたら不快極まりないです。
私はその病院と訪問看護ステーションに苦情を入れました。
父も激怒しており、私もこれ以上そんな相手に見させるのは
信頼ならないと感じました。

結局こちらから断り別の方をケアマネージャーに手配し
対応して頂きました。

<主治医も頼りない>

 

freepik/出典:Freepik

致命的なのは主治医の頼りなさです。
よくあるケースですが認知症の方が
いざ診察時にシャキッと元気に動いて
その状態を鵜呑みにする医者や専門家がいます。

私の父もいざ診断や要介護度認定の時には
勝手に調子が良くなり状態を誤診されました。
普段は四つん這いで固まったり
床をはいずる様にしか動けないにもかかわらずです。

また、父が厄介なのは動けなくなると
深夜でも大声を出す事です。
大声で私や母を深夜に呼び起こそうとしましたが
私は向精神薬を飲んでいるので深い眠りについています。
母も深夜に父の大声で叩き起こされる日々が続き
過労気味でした。

医者がきちんと診断して適切な対処をしてくれないため
多大な負担が母や私にのしかかりました。
質が悪いのは父が肥満体である為80~90キロ体重があり
重た過ぎて介助などできない事です。
仮に車いすを使えたりバリアフリー化された住居なら
話は違いますが、ただの民家ではそんな巨漢を
素人が介護するのは体を壊します。

ショートステイで預かってもらうようにはなりましたが
正直父の夜間の大声と巨漢の介護は
母や私にとっては苦痛極まりなかったです。

その状況で地元で見てくれた
神経内科医は最悪でした。
態度が傲慢で患者を見下したような発言。
さらに専門的な診察や見解はなく
薬を出すのみ。
その薬もはっきり言って効果が出ず
病院に行くたびに長い待合を
何時間も待たされるため苦痛でした。

何よりその時期はコロナウイルスが流行していた為
あんな人が密集している状況で
何時間も待たされるのは本当に不安でした。
パーキンソン病の主治医は何人も変わりましたが
結局満足に専門的な治療につなげられた医師は皆無でした。

辛辣な言い方にはなりますが
訪問看護師も神経内科医も自分たちの
専門分野しか知識が無く
更にその専門分野の知識もレベルは低かったです。
更に精神障害や発達障害には理解や知識が皆無な為
父に対して適切な対応や診療はできていませんでした。

何よりその父の問題を抱えている時は
私も店舗経営をしていた為
父の受診や不調で予定を乱された時は
本当に辛かったです。

私は社会福祉士の知識がある為
頼りない訪問看護師や神経内科医を見ていて
本当に歯がゆかったです。
専門家といえど本当にあてにならないと
感じました。

本来なら専門家に任せる事が適切だと思います。
ですが、専門家も同じ人間です。
怠惰な方や向上心の無い方
不遜で傲慢な方もおられます。
確かに専門家を頼る事は大切ですが
任せきりにしてしまうと本当に地獄を見ます。

支援を受ける闘病者本人ももちろんですが
家族も病気への知識や理解
何よりセカンドオピニオンや他の専門機関にも
相談できる判断力や行動力が必要ではないかと感じました。
私自身も自分の統合失調症は専門家に任せきらず
自分自身でも調べたり主治医に積極的に伝えて
服薬がきつすぎる場合は調整して頂いています。

父のこの上述の事例から言えるのは
専門家だからと任せきりにしていたら
対応が不十分でより事態が深刻化するという事です。
もし読まれている方御自身や
御家族が闘病されている場合は受け身になり過ぎず
自助救済や自分で調べて行動していく姿勢も
大切かもしれません。


<脳梗塞を患う>
父は長い引きこもり生活を送り
手持無沙汰で私の手作り市の手伝いなどもしていました。
しかしある日から突然強烈な片頭痛を引き起こし
何もない場所でけつまずいたり
車の運転時にサイドミラーを
ガードレールにぶつけて破損する等
おかしな事が続くようになりました。

MRI等で診断を受けた結果
片方の脳が脳梗塞を引き起こしており
その後遺症で半身が軽度の障害が出ているとの事でした。
その為再就職は完全にできなくなり
父の引きこもり生活はエスカレートしました。

やがて父の身体に異変が起こり始め
表情や姿勢や歩行などに急激な変化が生じます。
これが後々パーキンソン病の初期症状という事が
後々発覚します。


今日はこの位にしておきます。
次回は父の在宅介護の深刻化や老人ホームの入居生活に触れていきます。


今後の記事は私の闘病体験をメインに綴ります。
私の人間性を理解してもらう事や
主観的な感情移入できる内容が大切だと感じたからです。

基本的には更新できる限り更新しますし
余裕がある時に新しい新作の記事を記載します
(商品化はしませんが私のお菓子作りを知って頂く記事にします)

私の経験が皆様の闘病に役立つ事を願います。

この記事を読んで頂きたいのは
・現在統合失調症”や”その他精神障害”と闘病中の方!
・御家族が障害者の方
・私の経験から自分の闘病に役立てたい方

<この闘病記を書いている動機や背景>
および
<私の統合失調症(主に陰性症状)>
はこちら↓

 

 


まず結論から簡潔に述べます。

私は統合失調症克服のために今まで資格取得や運動に取り組んできました。
加えて自分の障害や薬を調べ自己分析と内省を重ねてきました。

その経緯を順序立てて語らせて頂きます。

今日は予定を変更して障害者の父について語り書きします。


<障害者の父>

]

rawpixel.com/出典:Freepik


私の父は障害の病識はありません。
幼少期は目立たなかったみたいですが
母と結婚して私が生まれた辺りから
奇行が出始めました。

物の異常な収集がまず一つです。
トイレットペーパーやティッシュペーパー
ヘアスプレーなど日常品を過剰に買い込み
使いきれないほど貯め込む癖があります。

また父は精神科の看護師をしていましたが
その関係で薬も処方されたものは
飲みきれなくても全て保管し
自室はまるで調剤薬局のごとく
薬の袋や瓶が大量にありました。


次に被害妄想が極度に激しいです。
昔から人間不信気味でしたが
精神病院勤務で職場の上司から
パワハラや虐めを受け
それ以降かなりの人間不信になりました。
友人がいない事と転職しても
人間関係を構築するのが極めて苦手で
常に他人を試すような言動をしていました。

友人もろくにおらず
親しくなったら逆に過剰に依存し
それに耐えられなくなった相手に逆上する等
人と付き合う事ができません。


そしてこれは病状ではないのですが
無趣味で怠惰な面があります。
特に自己啓発や努力は嫌いで
仕事以外の日は丸一日寝て過ごしてばかりで
食事と入浴以外は起きている事は無く
特に髭や髪には無頓着で口腔ケアもほとんどしませんでした。


このような生活を長年送り
五十代で精神病院を退職した後は
転職活動をするも父は希望が無理難題で
おまけに自分が想定外の仕事を任されるとなると
即座に退職していました。
そうして十何年も引きこもりの生活を始めます。


<精神障害や発達障害が発覚>

著作者:freepik/出典:Freepik


父は引きこもりになり再就職もしなくなった為
私は自分が御世話になっている精神科の先生に
父を診てもらいました。
結果としては抑うつ状態やうつ病
そして発達障害や妄想型人格障害など
さまざまなものがある事がわかりました。

今までの長年の奇行も診断を聞いたときに合点がいきました。
父が診断を受けた時には
私は大学で社会福祉士や
精神保健福祉士を学んでいたので
父の違和感をずっと感じていました。

ただ、質が悪いのは妄想型人格障害のある人は
病識を持ちにくい傾向があるとの事です。
つまり自分を陥れる為に誤診していると
錯覚を起こし、主治医とは信頼関係を築けないのです。
実際父は自分が障害者だと言われることに激昂し
また、私が障害者であることも受け入れようとしませんでした。

自分自身が精神障害者を看護師として接してきた為
父の中では偏見があったようです。

父は今現在でも自分自身が発達障害や
妄想型人格障害等の自覚は一切ありません。
その為医者とも何度もトラブルを起こしたり
日常生活ではもめ事が絶えませんでした。

<脳梗塞を患う>

著作者:freepik/出典:Freepik
父は長い引きこもり生活を送り


手持無沙汰で私の手作り市の手伝いなどもしていました。
しかしある日から突然強烈な片頭痛を引き起こし
何もない場所でけつまずいたり
車の運転時にサイドミラーを
ガードレールにぶつけて破損する等
おかしな事が続くようになりました。

MRI等で診断を受けた結果
片方の脳が脳梗塞を引き起こしており
その後遺症で半身が軽度の障害が出ているとの事でした。
その為再就職は完全にできなくなり
父の引きこもり生活はエスカレートしました。

やがて父の身体に異変が起こり始め
表情や姿勢や歩行などに急激な変化が生じます。
これが後々パーキンソン病の初期症状という事が
後々発覚します。


今回はこの辺りで終わりにします。

私の闘病体験の中でこのエピソードは印象深いので
紹介させて頂くべきだと思いました。

今日はこの位にしておきます。
次回は父のパーキンソン病治療や自宅での生活や入居生活に触れていきます。


今後の記事は私の闘病体験をメインに綴ります。
私の人間性を理解してもらう事や
主観的な感情移入できる内容が大切だと感じたからです。

基本的には更新できる限り更新しますし
余裕がある時に新しい新作の記事を記載します
(商品化はしませんが私のお菓子作りを知って頂く記事にします)

私の経験が皆様の闘病に役立つ事を願います。

この記事を読んで頂きたいのは
・現在統合失調症”や”その他精神障害”と闘病中の方!
・ケーキが大好きな方
・私の経験から自分の闘病に役立てたい方

<この闘病記を書いている動機や背景>
および
<私の統合失調症(主に陰性症状)>
はこちら→https://note.com/fresh_puma9251/n/n549f76a5cc04


まず結論から簡潔に述べると


私は統合失調症克服のために今まで資格取得や運動に取り組んできました。
加えて自分の障害や薬を調べ自己分析と内省を重ねてきました。

その経緯を順序立てて語らせて頂きます。

今日は手作り市でのエピソードを語り書きします。


<出店と商品開発>

著作者:pch.vector/出典:Freepik

手作り市に出る前に
まず商品の内容と規模を考えました。
始めはたくさん売れると思い
大量にパウンドケーキなどを作りました。

でも自分の腕前も相当に未熟な事や
マーケティングや経営の知識が無かった事。
何より出店した場所が古いお寺だった為
ケーキを好む方は少なく
お客さんはお寺にやってきている観光客な為
散財は控える傾向がありました。

随分売れ残り、そこから作る量やラインナップを
調整し始めました。
まずは客層を考え始めました。
手作り市は開催場所にもよりますが
基本的に小さな場所では
お寺や公共機関が会場になります。

手作り市目当ての方は少なく
基本的に参拝や商業施設の利用を目的としています。
そんな方に興味を惹きつけて売るのは
至難だと思いました。

そこで考えたのが試食です。
言葉や見掛けでいくらアピールしても
お客さんはわかりません。
ましてや手作り市では出品者は
プロの方もいますが小規模な場所では
個人でされている方が多かったです。

試食で味をじかに感じてもらう事が
アピールにつながると考えました。

次に商品のバリエーションを増やしました。
最初はパウンドケーキやクッキーのみでしたが
タルトやパイやヴィエノワズリー(菓子パン)も
作り始めました。
焼き菓子という制約の中で
自分にできる最大限の創意工夫や
ジャンル開拓をしました。

この経験が今のフランス菓子を作る
大きな基盤になっています。

手作り市を通じて菓子作りの基盤を
構築できたのは今振り返ると
とても大切な経験でした。



<試食を始める>

著作者:freepik/出典:Freepik

 


試食を始めてからは少しずつですが売れ始めました。
お客さんの反応がじかに感じ取れるので
味が不評かどうかよくわかりました。

食べた方の中には快く買って下さる方もいましたが
中には無言で立ち去ったり
批判をしたりする方もいました。
一番ひどかったのは試食用の商品を
爆食いして立ち去る方でした。

確かにお客さんの反応は
多彩でしたが大半は良識やモラルのある方でした。
ただ、中にはわざわざ家族を呼びつけ
試食品を大量に食べて立ち去り
一切何も買わない方には大変心を痛めました。

確かに試食品を食べる事に量や制限は無いです。
しかし、節度をわきまえず大量に食べたり
蓋をしているタッパーを強引に無断で開けて食べたり
そういった行為をする方が一定数いるのは
私や販売を手伝ってくれていた家族は
心が傷つきました。

手作り市を通してマーケティングや
経営のノウハウを肌で学びました。
同時にモラルが無い人間とも向き合う必要を
私は感じました。

あまりこういった事は
書くべきではないかもしれませんが
私がこのエピソードを語ったのは
障害者・健常者問わず
モラルや道徳・マナーは大切だと伝えたかったからです。

私は精神障害者ですがモラルやマナーは意識しています。
反対に手作り市のお客さんの中には
健常者でもモラルやマナーを逸脱した方もいました。
本当に大切な事は障害の有無ではなく
心の在り様だと思います。

この記事を読んで下さった皆様。
障害の有無で人を判断せず
自身やその方の内面としっかり向き合われて下さい。


私の闘病体験の中でこのエピソードは印象深いので
紹介させて頂くべきだと思いました。

今日はこの位にしておきます。
次回は厨房を改装してもらう事に触れていきます。


今後の記事は私の闘病体験をメインに綴ります。
私の人間性を理解してもらう事や
主観的な感情移入できる内容が大切だと感じたからです。

基本的には更新できる限り更新しますし
余裕がある時に新しい新作の記事を記載します
(商品化はしませんが私のお菓子作りを知って頂く記事にします)

私の経験が皆様の闘病に役立つ事を願います。
次は私が統合失調症の療養生活から進んだ進路について語ります。

 

この記事を読んで頂きたいのは
・現在統合失調症”や”その他精神障害”と闘病中の方!
・ケーキが大好きな方
・私の経験から自分の闘病に役立てたい方

<この闘病記を書いている動機や背景>
および
<私の統合失調症(主に陰性症状)>
はこちら→https://note.com/fresh_puma9251/n/n549f76a5cc04


まず結論から簡潔に述べると


私は統合失調症克服のために今まで資格取得や運動に取り組んできました。
加えて自分の障害や薬を調べ自己分析と内省を重ねてきました。

その経緯を順序立てて語らせて頂きます。

今日は私が試作しているケーキを紹介します。


<コンセプト>


今作は濃厚なチョコレートとほろ苦いキャラメル
甘いバナナや香ばしいプラリネの風味を合わせました。

チョコレートはキャラメルやバナナ
プラリネのいずれとも相性が良いです。
更にキャラメルとバナナ、プラリネも互いに相性抜群です。

私がケーキ作りをするときは
素材の相性を大切にしメインになる素材と
それを引き立てる味の素材を選択します。
今回は寒い時期を配慮し
濃厚な味わいのチョコレートと
キャラメルのケーキをイメージしました。


<パーツ構成>


パーツはまず底に香ばしいビスキュイで食感をプラス。
次に濃厚なガナッシュでチョコレートのコクを付与。
そしてキャラメルソテーのバナナで甘味を。
メインの味わいはカスタードクリームとバターを合わせた
チョコレートのムースリーヌクリーム。
そしてほろ苦さとクリーミーさを
プラリネムースで与える。

ケーキを作る時は
味のバランスや素材の相性
食感や狙いたい印象
これらを計算しています。

そこに季節や食べる方の年齢層や性別
好みなどが絡んできます。
万人に好かれるケーキを作る事も大切ですが
私は作品ごとに食べて頂く相手をイメージして作っています。

<味についての印象>


香ばしくむっちりしたビスキュイが
ガナッシュやバナナ、ムースリーヌクリームの
濃厚なコクとマッチして美味しいです。
更にプラリネムースがクリーミーさを出しつつも
苦さで味わいに軽やかさを出し
飽きが出ない味わいになっています。

基本的にですが
私が作るケーキは
濃厚さや酸味や苦みが効きつつ
優しい甘さや軽やかな味わいで
一人でもホール一台が食べられる様に
工夫しています。

今後も試作ケーキは紹介していきますので
闘病記の箸休めにお読み頂けると幸いです。

次回は闘病記の続きを語り書きします。


今後の記事は私の闘病体験をメインに綴ります。
私の人間性を理解してもらう事や
主観的な感情移入できる内容が大切だと感じたからです。

基本的には更新できる限り更新しますし
余裕がある時に新しい新作の記事を記載します
(商品化はしませんが私のお菓子作りを知って頂く記事にします)

私の経験が皆様の闘病に役立つ事を願います。
次は私が統合失調症の療養生活から進んだ進路について語ります。

よろしくお願いします。
 

この記事を読んで頂きたいのは
・現在統合失調症”や”その他精神障害”と闘病中の方!
・お菓子作りのリハビリや意義について知りたい方
・私の経験から自分の闘病に役立てたい方

<この闘病記を書いている動機や背景>
および
<私の統合失調症(主に陰性症状)>
はこちら→https://note.com/fresh_puma9251/n/n549f76a5cc04


まず結論から簡潔に述べると


私は統合失調症克服のために今まで資格取得や運動に取り組んできました。
加えて自分の障害や薬を調べ自己分析と内省を重ねてきました。

その経緯を順序立てて語らせて頂きます。

今日は私が福祉職から身を引きお菓子作りを始めた事を
語り書きさせて頂きます。


<シフォンケーキを始めた経緯>

著作者:freepik/出典:Freepik


パウンドケーキ型やデコ型だけでなく
自宅にはシフォンケーキの方もありました。

スポンジケーキ作りで泡立て方や混ぜ込みを理解したので
シフォンケーキ作りを始めました。
シフォンケーキは材料がシンプルで
基本的に卵、砂糖、小麦粉、水と油でベーシックに作れます。

最初は卵の卵黄と卵白を
殻を使って分けるのに苦戦しました。
やっているうちにコツをつかみ
僅かですが手先が器用になった気がしました。

泡立てに関しては最初は卵白を泡だて器で泡立てて
メレンゲを作っていました。
砂糖はメレンゲと卵黄に半分ずつ使い
よく混ぜ込んでいました。

そしてできた砂糖と卵黄を混ぜ込んだ所に
小麦粉、水と油をよく攪拌してベースを作ります。
そしてできたベースと作ったメレンゲを混ぜ合わせて
型に流し込んで焼きます。

非常にシンプルですがこのシフォンケーキはかなり曲者でした。
まずメレンゲを潰さず更にベースと均一に混ぜる事。
さらにボールを逆さにして落下しないメレンゲを作る事。
これを徹底しましたがなかなか上手くいきません。
なのでハンドミキサーを解禁しメレンゲをかなり強く立てました。
混ぜ込みもゴムベラの混ぜ方や
混ぜる時にボールを回すなど
様々な工夫を本や動画で学びました。


<シフォンケーキの失敗の数々>

著作者:cookie_studio/出典:Freepik


底上げという失敗に悩まされます。
底上げとはシフォンケーキの底がへこみ
型から外した時に空洞ができている事です。
さらに空洞も発生しました。
空洞は生地内に空洞ができる失敗です。

シフォンケーキは極めて繊細で
しかも多種多様な原因で
この底上げや空洞が発生します。

例えば乳化という卵黄と油分の結合です。
本来水分と油は混ざりませんが
卵黄に含まれるレシチンという成分が
乳化結合を可能にします。
これが成立していないと底上げの原因になります。

次に水や油の温度です。
これも調べて分かりましたが
水や油は温かい方が乳化し易いです。
言い換えると冷たいと失敗しやすいです。
なので湯煎を使いベース生地の作成を行う工夫と
使う水をお湯に変える等対処法を学びました。

あとはベーシックなシフォンケーキなら
これで問題ありませんが
例えば具材や水分が入りだすとさらに難易度が上がります。
具材が底に沈んだり、具材やピューレの水分で
生地内の加水率が高まり空洞化などに繋がります。

そして一番厄介なのは
オーブンの温度です。
低すぎると膨らまず
高すぎると底上げを起こします。
さらにオーブン庫内の下と上では温度が違います。
なのでオーブン庫内の温度や癖も理解する必要があります。

これらの様々な要因がいずれか一つでも成立していると
底上げや空洞が発生します。
非常に観察力や洞察力、振り返りや考察を求められ
さらに原因の分析と対処法を調べ試行錯誤する…
かなり難航する作業です。

シフォンケーキを通してただ作業するだけでなく
多角的な視点や視野で論理的に事象と向き合う癖が身に付きました。
今でも私はシフォンケーキは苦手です。
ですがこの時のシフォンケーキの経験は
間違いなく私のお菓子作りは勿論、論理的思考力を培う
礎になっています。

今日は予定を変更しこの位にしておきます。
次回はクックパッドを見ながらのタルト作りについて
触れていきます。


今後の記事は私の闘病体験をメインに綴ります。
私の人間性を理解してもらう事や
主観的な感情移入できる内容が大切だと感じたからです。

基本的には更新できる限り更新しますし
余裕がある時に新しい新作の記事を記載します
(商品化はしませんが私のお菓子作りを知って頂く記事にします)

私の経験が皆様の闘病に役立つ事を願います。
次は私が統合失調症の療養生活から進んだ進路について語ります。

よろしくお願いします。

 

 

 

この記事を読んで頂きたいのは
・現在統合失調症”や”その他精神障害”と闘病中の方!
・お菓子作りのリハビリや意義について知りたい方
・私の経験から自分の闘病に役立てたい方

<この闘病記を書いている動機や背景>
および
<私の統合失調症(主に陰性症状)>
はこちら↓

 

 




まず結論から簡潔に述べると


私は統合失調症克服のために今まで資格取得や運動に取り組んできました。
加えて自分の障害や薬を調べ自己分析と内省を重ねてきました。

その経緯を順序立てて語らせて頂きます。

今日は私が福祉職から身を引きお菓子作りを始めた事を
語り書きさせて頂きます。


<お菓子作りを始めた経緯>

著作者:KamranAydinov/出典:Freepik


福祉職から身を引いた私は
社会福祉士実習時代に学んだお菓子作りを
独学で始めました。
まずは家族が持っていたお菓子作りの本や
クックパッドを見て作り始めました。

一番最初はパウンドケーキでした。
全く知識が無い私は材料の温度調整を行わず
ただ混ぜ込んで焼くという事をしていました。
今思い返せば卵は冷蔵庫から出したてで
スーパーの安いケーキマーガリンを使い
小麦粉もスーパーの物を使用していました。

できたパウンドケーキが成功しているのか
わかっていませんでしたが
自分自身で作ったものが新鮮で
何を作って食べても美味しく感じました。
そして普段の食生活も感じ方が変わり
味覚が少し鋭くなり食事の味を強く感じるようになりました。

更に食べる事にどん欲になり
自分で作ったものは勿論
駄菓子も色々食べたりして
お菓子の味わいや成り立ち・工夫を学んでいました。

何度かパウンドケーキを作った私は
今度はステップアップして
スポンジケーキ作りを開始します。


<スポンジケーキ作り>

著作者:freepik/出典:Freepik


当時の私はこだわりがあり
なるべくハンドミキサーに頼りたくない
と意地になっていました。

スポンジケーキは湯煎で泡立て器を使い
手立てをしていました。
利き手の手首が痛くなる日々が続きましたが
一心不乱に毎日何度もスポンジケーキを作り続けました。

クックパッドを見て
スポンジケーキのポイントを研究し
自分で深く考え、生地の量が減る事や
焼き上がりの高さが低い原因を追究し続けました。
生地の泡立て方や湯煎の温度
ボールの角度等様々に試行錯誤し
生地の混ぜ方も訓練していました。

今思い返せば明らかに失敗の生地なのですが
手首の心地良い疲れと一心不乱に没頭できる作業に
楽しさを感じていました。
家族からやり過ぎだと窘められても
台所が空いた夕食後には毎晩遅くまで
スポンジケーキ作りをやっていました。

一日に2台、三台焼くことも多く
手首や筋肉が痛くなりましたが
その経験で今では泡だて器で泡立てる筋力が付きました。

スポンジケーキの高さは徐々に高くなっていきましたが
生地はしっとりとした食感に仕上がらず
悪戦苦闘していました。
また、調べていくうちにスポンジケーキは
ただ高さを出せば良いわけではなく
用途によって作り方や生地の仕上げ方が変わる事を学びました。

高さのあるスポンジケーキはふわふわした軽い食感で
高さが抑えめの泡立てを少し抑えた生地は
重厚でしっとりした仕上がりになります。

また卵黄と卵白を同時に泡立てる共立て法と
メレンゲを立てて作る別立て法がある事を学び
スポンジケーキ作りを1か月間やり続け
研鑽を重ねました。

スポンジケーキがある程度形になったので
そこからシフォンケーキやクックパッドのレシピに移っていきます。



今日はこの位にしておきます。
次回はシフォンケーキやクックパッドの菓子作りについて
触れていきます。


今後の記事は私の闘病体験をメインに綴ります。
私の人間性を理解してもらう事や
主観的な感情移入できる内容が大切だと感じたからです。

基本的には更新できる限り更新しますし
余裕がある時に新しい新作の記事を記載します
(商品化はしませんが私のお菓子作りを知って頂く記事にします)

私の経験が皆様の闘病に役立つ事を願います。
次は私が統合失調症の療養生活から進んだ進路について語ります。

よろしくお願いします。

この記事を読んで頂きたいのは
・現在統合失調症”や”その他精神障害”と闘病中の方!
・統合失調症(特に陰性症状)に悩んでいる方
・私の経験から自分の闘病に役立てたい方

<私の統合失調症(主に陰性症状)について>

著作者:rawpixel.com/出典:Freepik


①一つ目はあらゆる物事において無気力になり生産性や活動力が減少する事です。

具体的には仕事は勿論、学業や趣味娯楽や世間や他人といった具合です。
「強い倦怠感や抑うつ症状」「やる気が起こらない」
「他人が好きな話や娯楽、世間のニュース等に無関心」
等があります。

酷い時期は体を動かすのが苦痛で一日中寝て引きこもる生活をしていました。
また、将来への希望も見いだせず、目指したいものもわからず
失敗ばかりで自信を失い自己肯定感が下がっていく。
挙句に他人の噂話は勿論、テレビで報道される芸能ニュースや結婚報道等も
耳にするのは不快でした。
働くのも勉学も嫌で人と関わる事も苦痛でした。

②加えてありがちなのは清潔さに関心が無くなる事です。

具体的には髪や髭や口腔ケア、肥満なども無頓着で
髪を切りに行ったり、髭をそったり
口腔ケアを怠りがちになったりです。
また病状と薬の副作用で過食に加えて
活動力が低い事から肥満を招きやすい事も
挙げられます。
清潔さに関心が薄くなると衛生面だけじゃなく
体の健康状態にも無頓着になり暴飲暴食にもなりがちでした。


③感情面でも影響があります。

感情鈍麻という症状があり
具体的には喜怒哀楽が乏しくなり無表情になる
というものです。
また声にも感情は籠らず抑揚のない話し方になります。
感情鈍麻は統合失調症に限らず他の精神障害でもあり得ますが
喜怒哀楽が出にくい事も他人との意思疎通や会話で支障をきたし
更には無表情な事も他人から
怖がられたり暗いと敬遠される原因になり易く
これらがさらに抑うつ状態を加速させ感情鈍麻が悪化するという
負のスパイラルに陥ります。
    

④上記の症状から結果的に社会的引きこもりになります。
家族を含めて他人と会話が減り
部屋に引きこもりがちで
他人や社会とも接点が減少し外出が減ります。
これが深刻化すると外出が苦痛で
仕事などでの集団生活や集団作業
知らない人との会話で格段に疲れます。

また、一人好きになり
自分のテリトリーこもりがちになります。
その結果、統合失調症の症状である
自生思考が促され
さらに被害妄想も強い為
被害妄想やトラウマのフラッシュバックで
心身を疲弊してまた様々な症状が悪化し
自生思考と被害妄想が加速するという
ループに陥ります。

⑤身体操作でも影響が出ます。
例えば手先が極度に不器用になります。
手や指が自由に素早く動かせません。
衣服のボタン付け外し程度でもやりづらく
私が経験した仕事まらPCのタイピングや
福祉職で経験したおむつの付け替えや
トイレットペーパーの巻取り等も動作が鈍く緩慢になります。

道具を使った作業も苦手になりますが
手指を使った作業は特に苦手です。 


⑥特に仕事や日常生活で深刻なのは
並行作業…つまりながら作業が苦手になります。
料理をするならお湯を沸かしながらまな板で野菜を切る。
仕事なら指示を聞きながら作業をする。
周囲の状況や流れを見ながら作業する。
こういった複雑な情報処理と自分自身の作業が
同時にこなせません。 
仕事ではこの症状が顕著に表れ
特に対人援助職であった福祉職では
介護の仕事の場合、周りの状況を見ながら自己判断して動く
と言ったことが極度に苦手でした。
原因は病気での心理・情緒の乱れ
他人との意思疎通の苦手さ。
被害妄想からくる失敗の恐怖や人から嫌われる事。
こういったものが生じて冷静さや経験を得る事に
支障をきたすからです。

医学的には脳の分泌物質異常や処方薬の副作用も
あるようです。


⑦そして最も致命的なのは段取りを組み立てたり
手順の記憶」が苦手になる事です。
介護の仕事をしていた時でも
オムツ交換を例にすると

・入室前に声かけ
・利用者様の状態確認
・声かけをして衣服をずらす
・おむつの交換作業
・声かけを行い着衣や布団を整える
・声かけをして退出

オムツ交換一つだけでもこれだけのプロセスがあります。
これが自分の中で上手く段取りを組めず
また一つずつ手順をメモを見ないと思い出せず
さらに作業の緩慢さも生じて仕事が遅く
結果として上司に叱責されて心理的ストレスがたまり
数々の病状が悪化する事が多かったです。

こういった段取り組み立てや
手順記憶ができない原因は
障害による脳の認知機能低下があります。
・「ポイント」を理解しづらい
・記憶」の出し入れや記憶に沿った実行
が極端に苦手になります。


こういった病状が私の主な
統合失調症の陰性症状です。
私は陰性症状が極端に強いので
幻聴や幻覚はほぼありませんが
それでもこれらと長く闘病してきました。


今回は以前書いた記事を再執筆しました。
以後は不定期でなるべく更新は多くですが
私の闘病生活の体験やたまにですが
作っている作品の紹介をします。


私の経験が皆様の闘病に役立つ事を願います。
次は私が統合失調症の療養生活から進んだ進路について語ります。