クリティカルシンキング(批判的思考)は、
現代の教育において一番大切なものの一つと言われています。
この頃の世情を観ると
フェイクに騙され
大量宣伝に踊らされ
政治さえも〇〇活と
人気投票のようになり
歪められているように
見受けられます。
批判とは、
非難や否定とは違います。
物事の良し悪しを
多面的、客観的、科学的に分析し、
正しさや本質を見極めようとすることです。
日本の教育は、この点が世界の国々の中で最低レベルになっています。
そのことは、下記の図のような、OECDの調査でも現れています。



学校の決まりや部活顧問などには、絶対服従的な態度が求められて育ちました。
言うことを素直に受け入れる子が、優等生とされてきました。
また、社会に対しては、従順に従うことを求める教育カリキュラムが徹底されてきました。
特に、愛国心を強調することを主な目的とした教育基本法改訂と、その流れでの様々な教育改革で、それは進行していきました。
児童生徒には、ゼロトラレンスに代表される極度の管理的な生活指導が行われていきました。
教員には、上意下達のピラミッド型の職階制が導入されて、職員会議はほとんど無くなりました。そのような体制の中で、教師には、批判的思考が育ちません。
批判的思考力がない教師では、批判的思考力のある子どもたちは育ちません。当たり前です。
私は、科学教育をライフワークとして人生を過ごしてきました。
それは何も、理科の成績アップ、学力向上だけのためではありません。
科学的な知識と思考力を育て
だまされずに、幸せに生きる力を付けさせたいという願いが一番なのです。
科学的思考は、批判的思考を育てる中心です。
この頃の青年たちは、優しいと言われてます。
青年たちに聞くと、批判の言動をする大人は、文句ばかり言っている人、さらには、コワイ人ように感じているようです。
そして、
愚痴を言うのは弱さであり
失敗は自己責任であると
自分を責めます。
わが国に、不登校や自殺が
極端に多いのは、
物事への批判的思考の欠如も要因になっていると、 私は思っています。
この頃の若者が優しいと言われているのは、
空気を読み
自己主張を抑えているからなのではと察してます。
さらに怖いのは、
作り笑いで
面従腹背をしていることです。
それは、人格を歪めます。
文科省もこのところ
漸く
クリティカルシンキング、批判的思考の必要性を説いています。
子どもたちの未来のために
教育改革が必要です。
今、中教審が開かれて
未来の日本の教育の方針を
討議しています。
クリティカルシンギング、批判的思考についても
強く打ち出してもらいたいと思います。
そして、何より
現場の先生方の教育実践に
期待したいと思います。