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思い出は映画と共に…(バチョン風に)

昔、集めてた映画のパンフ、
適当に引っぱり出し、当時の思い出…

コレです
思い出は映画と共に…(バチョン風に)
「燃えよドラゴン」1973年作
監督/ロバート・クローズ 音楽/ラロ・シフリン
出演/ブルース・リー ジョン・サクソン シー・キエン

おなじみ語るまでもない名作で、人によっては聖書のような作品。
初公開時、自分はまだ4~5歳、リアルタイムで観てたのはウチの兄貴だった。
当時、兄貴は2本の短い棒を黒く塗り、鎖で繋げ、振り回して遊んでた…はいおなじみのアレです。
もちろんパンフもあり、兄貴が作ったオモチャと同じモノを構えてる上半身裸のおにーちゃん……
自分が初めて見たブルース・リーの姿でした、“こいつメチャクチャ強い!”って兄貴が教えてくれ、“仮面ライダーより強いんか?”って自分…“強い!絶対勝つ!”等…今思うとアホな兄弟だった。
……で月日は流れ、水曜ロードショーで「ドラゴンへの道」、日曜洋画で「ドラゴン危機一発」が放送されたが、自分は幼かったのもあり、まだピンと来なかった、兄貴は喜んで観てたような気がする。
78年「死亡遊戯」が来た、小3になった自分はこのときに、改めて“洗礼”を受けるコトになる…。
当時未放送だった「怒りの鉄拳」や「燃えよ…」に関して兄貴に聞きまくった、昔兄貴が作ったアレもまだウチにあった、当然振り回してマネした…数日後に「怒りの鉄拳」はリバイバルで観るコトができた。……でさらに月日は流れ、日曜洋画劇場にて「燃えよドラゴン」放送!吹き替えが富山敬さんだった「ヤマトの古代くんがブルース・リーになった!」兄貴とヘンなトコ喜んで観てた。相手に一発も殴らせずに、妹の仇を討つ試合シーンは良かった、ラスボスがインパクトあるんだけど、残念ながら弱すぎた…もっとボッコボコにしてほしかった。ちゃんと劇場で観たかったなぁ…とブルース・リー熱は冷めるコトはなかった、小6の頃ジャッキー・チェン登場、コレはコレで好きだったが。珍作「死亡の塔」公開…敢えて触れない……でも劇場は混んでた…が終了後、当然みんなガッカリして怒ってた。
実際もう死んでるんやし、仕方ないと思ってた中2の頃、劇場にて「燃えよドラゴン」リバイバル公開!併映に「恋のジーンズ大作戦」ってライアンオニールのコメディ映画がついてた…

“続けて3~4回観よ思てんのに、ヘンなモンつけんな!ボケ!”って文句言うてた。

……でも観に行った、併映は寝てた。劇場で観るスゴさを改めて思い知らされながらも、初公開のとき既にブルース・リーは亡くなられてたんだなぁ…当時は感慨深かった。今更ながら改めて合掌…。
本作でラスボス演ってたシー・キエン、撮影当時なんと60歳くらいでブルース・リー相手に格闘シーンやってたらしい、“弱すぎる”なんて言ってごめんなさい…「Mr.Boo!」「ヤングマスター」は笑わしてもらいました、2009年6月に亡くなられたらしい、謹んで御冥福を祈ります、合掌…。


1981年、千日前敷島シネマでのリバイバル公開、このパンフはそのとき購入したモノ。
ちなみに兄貴がリアルタイムで買い、自分が幼少の頃に見たパンフは、いつの間にかなくなってた……
自分の年代の映画ファンって、必ずキッカケはブルース・リー or スターウォーズのどっちかのヤツが多い、自分も怪獣~アニメ~ブルース・リー & スターウォーズだった、いわばクソガキ洗脳フルコースみたいな感じ。たしか2ちゃん懐かし洋画板にブルース・リー スレッドがあり、荒らしはともかく、未だにネタが尽きてないのがスゴい、やっぱいろんな意味でブルース・リーは偉大だと思う。


日曜洋画バージョン「考えるな!感じるんだ!…違う!指を見るのではない!……」
         「板は、殴り返してこないからな…」←富山敬 風(古代くんカッコええ!)

日曜洋画「燃えドラ」ブルース・リーの吹き替えされていた富山敬さん、95年9月に亡くなられました。古代くんはもちろん、タイガーマスクやデュークフリードも、リチャードプライヤーやエディマーフィといったオモロい黒人俳優の吹き替えも良かった、今更ながら謹んで御冥福を祈ります、合掌…。

適当にコレ
$思い出は映画と共に…(バチョン風に)-コナン
「コナン・ザ・グレート」1982年作
監督/ジョン・ミリアス 音楽/ベイジル・ポールドゥリス
出演/アーノルド・シュワルツェネッガー ジェームズ・アール・ジョーンズ マコ岩松

はるか昔、魔法や怪物に満ちた暗黒時代が舞台、悪モンに両親を殺され奴隷となったコナン、筋肉ムキムキに成長し、いろんな戦いを経て、盗賊になり、宗教めいた悪モンに復讐……オハナシ。

そーいえば、こんなモンも観たなぁ…くらいにしか憶えてない。1982年の夏休みで当時は、映画の善し悪しもわからん中2のクソガキだった、テレビの15分番組「映画案内」で予告編を観た、筋肉ムキムキのゴツいオッサンが、剣をブルンブルン振り回してた、コレがシュワルツェネッガー日本初上陸。
当時、アニメやSF小説に詳しい友人が「原作は有名で、何冊もシリーズになってる…」って教えてくれた、ってコトは面白いんか…と思い観に行った、作品中にデッカいヘビと戦うシーンがあるんやけど、このヘビがリアルでコワかった、でもシュワ扮するコナンが剣でズッタズタに…(カワイソ…)、作品中でコナンの恋人が死に、火葬の際、コナンは無表情……コナンの盗賊仲間の相棒が、「彼は戦士だから泣けないので、俺が代わりに泣く」と涙を流すシーンが印象的…、ダースベイダーの声を演ってたオッサンが、素顔を出して悪モンを演ってた……くらいのコトしか憶えてない。
同時期に「ロッキー3」「メガフォース」「イデオン接触篇/発動篇」が公開してた時代。
関係ないけど、K-1のバンナの入場曲が「コナン・ザ・グレート」のテーマ曲だった…と思う。

1984年に続編「キング・オブ・デストロイヤー/コナンPART2」が公開された…が、劇場では観てない、後に「ターミネーター」でシュワの人気が出てから、ビデオレンタルで観た、シュワがラクダをブン殴ったり、着ぐるみ怪物と素手で戦ったりして、前作よりも面白かったような記憶がある。
コナン前作と続編、共に同じ魔法使いのオッサン役を好演してたのが、日系俳優のマコ岩松さん、「バトルクリーク・ブロー」でジャッキーチェンの師匠、「グリーン・ホーネット」ではブルースリーとも戦ってた。2005年にWOWOWで観た、日本の良質なドラマ「祖国」が遺作になり、2006年の7月に亡くなられました、謹んで御冥福を祈ります、合掌…。
マコさん亡くなられた際に、かつて共演したシュワが「日系アメリカ人の夢の実現に貢献した…」って声明を発表してた、カリフォルニア知事になっても、シュワっていいヤツなんだなぁ…って思た。


1982年の夏休みに、何でコレを劇場で観たのか、それは梅田のシネラマOS劇場で上映されたから。
ガキの頃ココで「スターウォーズ」「帝国の逆襲」をメチャクチャ楽しんで、シネラマ大画面の興奮が忘れられんかった(「ジェダイの復讐」は上映されんかった)、全席指定の入れ替え制で超大作を観る為の劇場だと思ってた(オカシなモンも結構ヤッてた“猛獣大脱走”とか)。
翌年の1983年の春に、角川アニメ「幻魔大戦」もココで兄貴と観た、主題歌レコード持ってて観る前にさんざん聴いてた、劇場で観た際のラスト主題歌が、ほんのキモチ早回しに聴こえ「ウチのレコードプレーヤーの回転が壊れてるんかな…?」って、兄貴が真剣に悩んでた…。
1991年の閉館はニュースでも取り上げられてた、最後は「風と共に…」「2001年」等の作品を週変わりで上映して終わったとか……自分は既に上京、でも前年1990年の正月に大阪に帰省してた際に、ココで「ディックトレイシー」を観るコトができた、同年代の大阪で育った映画ファンは、みんなシネラマOS劇場に特別な思い入れがあると思う、楽しませてもらってありがとう…
そして幼少時の自分を、ココに連れて来てくれた家族…ホンマにありがとう……戻りたいなぁ…






今日も、適当にコレ

思い出は映画と共に…(バチョン風に)-ネバーセイ
「ネバーセイ・ネバーアゲイン」1983年作
監督/アーヴィン・カーシュナー 音楽/ミシェル・ルグラン
出演/ショーン・コネリー キム・ベイシンガー マックス・フォン・シドー バーバラ・カレラ

“世界を救えるのは、ワタシだけ…”
って若山弦蔵さんによる語り付きの、テレビCMを封切時にやってた

「ワシゃ、ジェームズボンドはもう演らん!」って言ったショーン・コネリーに、奥さんが
「そんなコト、もう言わんといて」って言ったのが、題名の由来(注;関西弁はアレンジです)。
アホな中学生だったウチらはソレをネタに「ショーン・コネリーは、ダダコネリー」とかしょーもないコト言うてた。当時、1983年の夏にロジャー・ムーアの「007/オクトパシー」、そして年末にこの「ネバーセイ・ネバーアゲイン」が公開され、ロードショー誌等でも 新旧対決!とか、パロディで「007 死ぬのはどちらだ」とかネタにされながらも注目されてた。
製作者の違い等の事情で「ネバーセイ・ネバーアゲイン」はシリーズには含まれません、でもストーリーは「サンダーボール作戦」のリメイク……有名なハナシやね。
監督が「帝国の逆襲」のアーヴィン・カーシュナー、もしかしたら面白いのではないか…と思い観たら、やっぱり面白かった。敵に向かって自分のションベンをブッかけたり、命がけ電気ショック付きのヘンなオモチャで遊んだり、折りたたみバイクでのカーチェイス等、見所満載(ベタな表現)だった。
中でも、女殺し屋との漫才のような掛け合いは一番笑た、出てる面子がスゴい「ジャッカルの日」のエドーワード・フォックス、名優マックス・フォン・シドー、本作後にメジャーになったキム・ベイシンガー、そしてチョイ役にMr.ビーンこと若き日のローワン・アトキンソン。
本作で宿敵ラルゴを演じたクラウス・マリア・ブランダウアーは、1990年に再度ショーン・コネリーと共演した「ロシアハウス」がある、地味ながらコレも秀作。
監督のアーヴィン・カーシュナーは、つい最近2010年11月に亡くなられました、この人が「帝国の逆襲」を盛り上げてくれたからこそ、スターウォーズは今でも人気があるんじゃないかと思ったりします。感謝を込めて、謹んで御冥福を祈ります、合掌。


1983年年末、当時は高校受験前ってコト等で劇場では観れませんでした(勉強しとらんかったけど…)。ちゃんと観れたのは85年の夏にビデオレンタルにて、007は好きだったけど、自分は世代的にロジャー・ムーア派。でも「ドクターノオ」「サンダーボール」はテレビの洋画放送で観てた、男臭すぎてチンポでかそうなショーン・コネリーはそんなに好きではなかったけど、自分がオッサンになるに連れてだんだんカッコ良く思えてきた、「バンデッドQ」「ハイランダー」で渋いなぁと思い、「アンタッチャブル」に出たと思ったらアカデミー賞助演男優賞(あの程度で…)、この後「インディ…」の親父だの「レッドオクトーバー」だの、快進撃が続いて……2006年に引退、お疲れさまでした。
ちなみにパンフは上京後に古本屋で購入、渋谷パンテオンって館名入りでした。