本日は | おかんのブログ

本日は

次男ローのお誕生日です。


これは予約更新しております。



今日はローが生まれた時のお話を少し。


みんなそうだと思うけど、下の子を産むとき、一番気がかりなのは上の子供の事だと思う。


ローが産まれたころ、ケーは2歳7か月。



力も強いし体重もあったのでじじばばに迷惑をかけてはいられないなぁ。と思っていた。


いざとなったら私からちゃんと離れてくれるだろうか?夜泣きしたりしないかなぁ?


ローの出産予定日は5月9日。


できたらおとたまがいる連休中に産まれてきてくれたらじじばばの負担も少しでも軽くなるし、ケーにとっても心静かに過ごせるかもしれないと思った私は暇さえあればせっせと散歩をしていた。



定期検診の日。


別にたいしたものを食べていないのに、体重が増えていて(便秘だからやと思う)注意されたわたし。

先生から「いつ産まれてきても赤ちゃんは十分に育ってるけど、まだまだ産まれる体制には入ってないから(下がってない)赤ちゃんをその体制にするには床を拭いたり、階段を昇降するのが一番だよ!」


「栄養あるもの食べなくてももう赤ちゃんは十分に大きくなってるから大丈夫!水飲んでも太るから飲みすぎないように!」と厳しく言われた。


先生からいつ産んでもいいよ!と言われたし、次の検診で体重で怒られるのも嫌だったので

よし!次の検診の日までに絶対に産んでやる!

と心に決めた!


その日から毎日1時間だった私の散歩は朝夕2回の計2時間になり、散歩コースの中に心臓破りの階段3セットも組み込まれた。

臨月の妊婦はお尻もでかいのでガシガシと歩く姿はまるで「池中源太80キロの西田敏行のようだ」と母に言われた。

毎朝床拭きもした。実家はうちとはちがってずーっとフローリングが続く家なので拭き応えがあった。拭きながら「やっぱ家は狭い方が掃除が楽だなぁ♪」って思ってたわ。


連休に入り、おとたまが実家に来てくれた。

ケーと3人で過ごすのは久しぶりだったので電車でひと駅の遊園地に行こうということになった。


「私!歩いて行くわ♪」とケーを姉一家に託して私とおとたまは歩いて往復した。



その甲斐あってか5月4日の0時すぎ、お腹が痛くて目が覚めた。


う○ちがしたくなったのである。


私はケーの時もそうだったけど妊娠するとひどい便秘になる。妊娠期間中まともなう○ちをしたのは片手で足りるくらいじゃないかな?


だから「やった!う○ちでたら体重減るわ♪」と喜んでトイレに入った。



それはそれはスッキリした。


スッキリして寝る。


またお腹が痛くて目が覚める。


トイレに行く。


でる。


スッキリして寝る。


目が覚める。


トイレ。


でる。




これを4,5回繰り返すと出るもんもなくなって何も出ない。それでもおなかは痛い。



そこで初めて気がついた。









これって陣痛やん??



陣痛の間隔の時間を計測すると20分から30分と安定していない。



まだ待つべきか?と思って我慢する。



めっちゃ痛い!夜中ひとりでなかなか進まない時計とにらめっこしながらじっと耐えた。





夜中やしなぁ。電話するのもなぁ・・・







でも痛い!ここで生まれても困るしなぁ・・・と電話をかけてみる。


「あの、おかんです。さっきから下痢でお腹が痛かったんですけど、なんか本格的に陣痛がきたみたいです。」

「間隔は?」

「15分くらいです。」

「二人目やしねぇ。10分間隔になったら来てもらいたいねんけど・・・でも下痢してるん?」

「はい。めっちゃ下痢で・・・」

「おしるしとかあった?」

「それはないんだけど・・・いててて・・・」

「痛い?夜中やし心配やろ?もしかしたら帰ってもらうかもしれんけど一回診てもらう?」

「はい。お願いします。」


と電話を切り、おとたまを起こす。


ケーも起きたので

「お母さん、今から赤ちゃん産んでくるね。朝になったらおばあちゃんと病院来てね!それまでおばあちゃんのところでねんねしててね!」

「うん・・・わかった。」


と挨拶し、両親にケーを託して車にのった。



夜中なので渋滞もなくすぐに病院に着いた。


すぐに着替えて分娩室にはいる。


ケーを産んだ時と同じ病院だったので、助産士さんをなんとなく覚えていた。ケーを取り上げてくれた人ではなくヤンキーペアだった。


げっ!おこられるんちゃうか??なんとなくその風貌が怖い感じがしてたんだけど、優しい人だった。



「ほな、ちょっと内診してみよか・・・」とヤンキー助産士。




長くなるのでつづく・・・