最近は自分では書いていませんでしたが、ひとさまの記事だけはたまに読んでいます。私はというと、仕事に追われながらも、日々、子どもたちと楽しく過ごしています。
ふと私のブログのアクセス数を見ましたら、昔書いた、頭が大きいと言葉が遅い説というタイトルの記事がよく読まれていることに気づきました。
ついで、0歳代の記録という記事も…
いつの時代も悩みを抱えるお母さんたちが多いのだな〜と思います。その気持ちを思うと涙が出てきます(おばさんになってからまじで涙もろい)。
私も数年前は長男の予後(と書くと語弊がありますが)を知りたくて、似たような特性を待つ少し年嵩の子のブログ記事を鬼検索したり、発達障害でも何か才能があるならワンチャン…と思って数年前特に流行っていたギフテッド関連記事を読み漁ってみたり、スマホと向き合う時間が本当に長かったなと思います。
だけどいま長男が小2になって思うのは、乳・幼児期に悩んでいたことって本当に瑣末なことだったなと。
公的機関に相談して療育に通わせて、理解のありそうな保育園・幼稚園を探して通わせて、環境の整備に尽くしたなら、あとはもう可愛い可愛いでよかったんじゃないかと…私はそれだけが、いま思えば心残りです。
というのも小2になってから周囲の影響もあり生意気度が爆上がりしているからなのですが…
乳児期・幼児期なんて、私への興味はとても薄かったけど、今に比べたらはるかに素直で可愛いとしか言いようがないくらいだったな。
長男なりに着実に成長していたのに、外野からの声に動揺して、あれができないこれができないと悩んで、スマホで検索しては将来を嘆き、せめて頭だけは良くなるようにとワークをやらせてみたり…乳・幼児期の大切な時間を、そんなことに浪費してしまった。未来を少しでも変えたくて、闇雲に走っていたような気がします。
あの時間は本当にもったいなかった。
その時その時の″今″を大切にすべきでした。
幸いにして、長男は今でもママ(私)のことは大好きで、まだまだ可愛いところもたくさんあるので、乳・幼児期の教訓を生かして、今からでもとことん可愛がろうと尽くしているところです。どうしてもイライラして怒ってしまう時は佐々木正美先生の本を読んで気持ちを新たにしています…
ここで可愛がりきることができたなら、思春期に反抗されても、大人になって離れていっても、きっと心残りはないような気がしています(また大きくなったら色々あるのだとは思いますが)。
このブログの0歳代の記録の続きを書こうと思って全然書いてなかったなと気づきましたが、日記を引っ張り出さないともうほとんど覚えていませんが、これもきっと些細なことでした。産後は特に精神的にも敏感になりますから。
環境整えて、ご飯食べさせて、寝かせて、ちょっとだけ悩んで、あとの時間は可愛がる、これだけでよかったんだと、今なら思えます。
もしお子さんの将来を悲観して私の過去の記事をご覧になっている方がいたら、その記事を書いた人は今こんなふうに後悔しているってことも知っていただけたらと思います。
悩めるお母さんとお子さんの未来が、あたたかく彩られたものでありますように。