ずっと最初から最後まで
集中し続けられるものでもないとは思う
でも絶対にこの時間内に
自分はこれをマスターしたいんだと
少しでも自分のモノにしたいんだと
自分は絶対強くなるんだと
そう思いながら意識しながら
ひとつひとつの技を学ぶ気持ちがあったら
すぐにはっきり目にみえるものではないかもしれないけれど
確実にはっきり差が出来ると思う
あるときいきなり差が出るものなのかもしれない
自分は向上したいのか
それとも現状維持でいいのか
それとも・・・・・
止まれば心も体もへどろのように淀むだけ
ならば前進あるのみ
自分で自分の価値を下げては絶対にいけない
しっかり胸をはってあごを引いて自分を信じてがんばる
いずれ思春期に入り、がむしゃらにやることや、必死になることが
恥ずかしく思えてがんばることすらしなくなる
そんなやんちゃなときがくるかもしれない
だからこそがんばれるときに
がむしゃらになれる今、とことんがんばってみてください。
がむしゃらにがんばって何かを掴み取ったとき
それは大きな深い喜びとなる
それは今、もしくは思春期の頃には
まだまだわからないかもしれない
でも大人になったとき、
がむしゃらになってまでも掴み取ろうとした
その努力の中の喜びや悔しさは
確実に人間としての差を大きくする
そして強く、謙虚になる
他人を変えるのではなく自分を変えてみようとそう決めたら
周りのほうから変わるものかもしれない
きっといい結果が待っていると思うから。
今の自分が全部じゃない。
もっともっと深いところに豊かな大きな自分があるんだよ。
私たちが娘を亡くしたとき、
必死すぎて自分ががんばってるとか思ったことはなかった
生きるか死ぬかの2ヶ月間の間、
寝たのか寝てないのかわからないような日々
周りがほんとうに温かかったことだけは覚えている
「なんでそんなにみんな優しくしてくれるんだろう?」
「あんたたちががんばっているからだよ。
がんばってる人には応援したくなる。」
そう言われた。
ああ。そうか。私がんばっているのか。
・・・なーんてはじめてそこでそう思った。
人は本気でがんばってるとき、
がんばってることにすら気付かないものなんだと。
そして私たち夫婦は娘の死によって
命の尊さを胸にしみいるほど学んだ。
だから今を大切にする。
今、自分ができることをがんばる。
集中し続けられるものでもないとは思う
でも絶対にこの時間内に
自分はこれをマスターしたいんだと
少しでも自分のモノにしたいんだと
自分は絶対強くなるんだと
そう思いながら意識しながら
ひとつひとつの技を学ぶ気持ちがあったら
すぐにはっきり目にみえるものではないかもしれないけれど
確実にはっきり差が出来ると思う
あるときいきなり差が出るものなのかもしれない
自分は向上したいのか
それとも現状維持でいいのか
それとも・・・・・
止まれば心も体もへどろのように淀むだけ
ならば前進あるのみ
自分で自分の価値を下げては絶対にいけない
しっかり胸をはってあごを引いて自分を信じてがんばる
いずれ思春期に入り、がむしゃらにやることや、必死になることが
恥ずかしく思えてがんばることすらしなくなる
そんなやんちゃなときがくるかもしれない
だからこそがんばれるときに
がむしゃらになれる今、とことんがんばってみてください。
がむしゃらにがんばって何かを掴み取ったとき
それは大きな深い喜びとなる
それは今、もしくは思春期の頃には
まだまだわからないかもしれない
でも大人になったとき、
がむしゃらになってまでも掴み取ろうとした
その努力の中の喜びや悔しさは
確実に人間としての差を大きくする
そして強く、謙虚になる
他人を変えるのではなく自分を変えてみようとそう決めたら
周りのほうから変わるものかもしれない
きっといい結果が待っていると思うから。
今の自分が全部じゃない。
もっともっと深いところに豊かな大きな自分があるんだよ。
私たちが娘を亡くしたとき、
必死すぎて自分ががんばってるとか思ったことはなかった
生きるか死ぬかの2ヶ月間の間、
寝たのか寝てないのかわからないような日々
周りがほんとうに温かかったことだけは覚えている
「なんでそんなにみんな優しくしてくれるんだろう?」
「あんたたちががんばっているからだよ。
がんばってる人には応援したくなる。」
そう言われた。
ああ。そうか。私がんばっているのか。
・・・なーんてはじめてそこでそう思った。
人は本気でがんばってるとき、
がんばってることにすら気付かないものなんだと。
そして私たち夫婦は娘の死によって
命の尊さを胸にしみいるほど学んだ。
だから今を大切にする。
今、自分ができることをがんばる。