NHKで放送している「視点・論点」。
さまざまな分野で活躍する有識者が、ニュースや現代社会の諸問題、世界情勢などについて独自の視点から分析し、自らの言葉で語るオピニオン番組だそう。
先日の放送は、探検家・作家の角幡唯介さんによる「『漂泊』のすすめ」。
タイトルにひかれ予約録画をしておいた。
角幡さんは犬ぞりで北極圏を踏破するなど、その行動はマッキンリーで消息を絶った植村直己さんを彷彿とさせる。
若いころ、植村さんの本が大好きで「青春を山に賭けて」「北極圏一万二千キロ」といった植村さんの著作を愛読していたおかめ。
ちなみに、冒険野郎でもぼっちキャンプ好きでも山ガール(って年でもないけど)でもありませんが
番組では、角幡さんが効率至上主義のような現代社会について持論を述べる。
効率化が求められる今、それは「豊かさ」につながるのか。探検家として「偶然との出会いで未来が開ける瞬間がある」と語る角幡さんに今の時代を豊かに生きるヒントを聞く。
(NHKのホームページより)
角幡さんはかつて、山を登るにもいかに効率的に登頂するかを優先していたという。
GPSを駆使し、山頂までの最短ルートを選択する。
しかし、そのような方法で踏破しても、ちっとも満足感を得られなかったという。
その時、登頂したという結果より、そこに至るまでの過程が大事だということに気付いたと話す。
その言葉を聞き、ふとピアノのことを思い出した🎹
ピアノを練習するのには、それぞれ目的や目標がある。
発表会、ストリートピアノでの演奏、弾き合い会などなど…
角幡さん流にいえば、仮に本番で失敗しても、練習の過程が大事と言えるのではないか。
私にとっての本番といえば、4月の発表会。
実はここへ来て、発表会に出るかどうか迷っている。
また去年のような猛練習をしなければならないのか、あの極度の緊張を再び味わわなければならないのかと考えると、二の足を踏んでしまっているのが正直なところだ。
しかも、毎年発表会に出ていた生徒さんが辞めてしまい、私の教室からの参加者は私一人になってしまった。
しかし、せっかく楽譜1ページ分は弾けるようになったし、いつの間に暗譜もできている。
その後、気乗りのしない譜読みだったが、昨日いよいよ中間部の練習に入った。
雨にたとえるなら、だんだんと雨脚が強くなる場面だ。
(ちなみに、練習しているのはショパンの「雨だれ」です☔)
練習しながら思う。
「これ、雨音なんかじゃなくて、迫りくる死の足音ですやん」
実際に弾いてみると、聴く以上に暗いのであった…
「視点・論点」の話に戻る。
角幡さんは番組の途中、「ナルホイヤ」というイヌイットのことばを紹介する。
「わからない、なんとも言えんね」という意味だとか。
イヌイットの人と話していると、必ずこの言葉が出てくるのだという。
明日のことは誰にもわからない、流れに任せろ、ということか。
私もイヌイットの人にならい、発表会に出るかどうかは「ナルホイヤ」で行こうと思います
(とはいえレッスンも近いし、そろそろ決断しないといけないけど)