今日は楽器店主催のピアノリサイタルへ足を運んだ。
先日試弾に赴いた店舗でいただいたチラシに、リサイタルの案内が載っていたのだ。
演奏は、第23回ロン=ティボー国際ピアノコンクールで第1位を受賞された野原みどりさん。
プログラムは
モーツァルト:きらきら星変奏曲K.265
ベートーヴェン:ピアノソナタ第14番Op.27ー2〈月光〉
シューベルト:即興曲集D899より第3番
ブラームス:6つの小品Op.118より2〈間奏曲〉
リスト:巡礼の年 第3年S.163より4.エステ荘の噴水
ドビュッシー:2つのアラベスク
フォーレ:3つの無言歌Op.17より第3番
ショパン:バラード第1番Op.23
現地に到着し、受付でチケットを受け取ると、「先日はありがとうございました」と、試弾の際に対応してくださった女性から声を掛けられる。
自由席だったため、手の動きが確認できる前から2番目の真ん中よりの席を確保する。
会場を見渡すと、おそらく野原さん関係のセレブリティ感漂う女性や、会話から察するに調律師らしき男性、楽器店でレッスンを受ける子ども連れの親子、大人ピアノを楽しむ中年の女性(私もここに該当)などの姿が確認できる。
会場は楽器店の奥にあって、定員はせいぜい50人程度の小ぢんまりとしたホールだ。
突然、「私ここでフルートの発表会したかも」と、過去の記憶がよみがえる。
開演を前に楽器店の方からあいさつがあった。
今日、野原さんが弾くピアノは、ヤマハが現在販売に力を入れているらしい、YAMAHA C3X espressivoなる新機種だそう。
音大生の家に置かれる定番の、C3のハイエンドモデルといったところのようだ。
フルコンサイズではないが、今日のようなキャパの箱なら、ちょうど良いピアノなのかもしれない。
さて、お待ちかね野原さんの登場だ。
写真でお見受けした通り、きりっとした表情で、いささか近寄りがたい威厳がある。美しい女性だが、いかにも気難しい芸術家といった雰囲気だ。
一礼された後、一息入れずきらきら星変奏曲の演奏に入る。
ひょっとしたらこの曲は、楽器店でピアノを習う生徒たちを配慮しての選曲だったのかもしれない。
今回、サロンコンサートといった趣のリサイタルを聴くのは初めてだったが、音を間近で聴く迫力に驚いた。至近距離のため、野原さんの息づかいや鍵盤に爪が当たる音まで聞こえる。
それは、月光の第3楽章でのこと。
曲の力もさることながら、野原さんの、腹の底から響いてくるようなピアノの音色に震えがきた。
こんな小さな体から、どうしたらこんなにも迫力ある音が出せるのだろう……
月光の演奏のあと、ピアノについて説明されたヤマハピアノサービスの方も、この小さなピアノから響く野原さんの演奏に感動したと語っていた。
野原さんの演奏は、余計な誇張や装飾が一切ない。表情もいたってクールだ。なめらかに鍵盤上を動く指から奏でられる音に、何度もはっとさせられた。
そして、真骨頂はやはり、深いところから響いてくる迫力のフォルテッシモだろうか。
最後に弾かれたショパンのバラード第1番では、震えが止まらず込み上げるものがあり、涙がこぼれた。やはり名曲ですね。
アンコールでは、ベートーヴェンの悲愴第2楽章を演奏。
半ば夢うつつのような気分の中、演奏会が終了した。
最後のあいさつで、楽器店の方から思いがけない提案があった。
「このピアノの魅力を知ってもらうために、ぜひ皆さんも1曲通して弾いてみてください」と言うではないか。
弾こうか弾くまいか、皆が躊躇する中、口火を切ったのは私より年長とお見受けする女性。
トップバッターの女性が、シューベルトの即興曲作品90ー2を弾く。その演奏の上手いのなんの。
私も弾いてみようかな?と思っていた気持が一気に萎える。
その後、会場は弾き合い会のような様相をみせる。
二番手は、小学校高学年程度の女の子。何の曲かは分からなかったが、達者な演奏だ。
演奏後、女の子の母親に「やっぱりコンクールで入賞されたりしているんですか?」と尋ねると、そんなことはないらしい。ただ、グランドピアノ欲しいんですよねと言うから、かなり本格的に取り組んでいるのだろう。
さて、「弾くか弾かないか、それが問題だ」とハムレットのように悩む私。
せっかくの機会だし、弾きたいという気持と羞恥心がせめぎあう。
心臓が早鐘を打つ。
と、そのうち会場から人がいなくなり、私ひとりになる。
それならばと、舞台に上がりエリーゼのためにを弾いてみた。
まるで、観客のいないひとり発表会のようだ。
人がいないことをこれ幸いに、かっこうワルツも弾いてみる。
誰も聴いていないのだし、リラックスして弾けばよいものを、音は抜けるしテンポが早まる。
会場を出る際、先ほどのヤマハピアノサービスの方から「ピアノを教えてらっしゃるんですか?」と信じられない言葉を掛けられる。
あのエリーゼとかっこうで、何故にそのような言葉が出てくるのだ
「素敵な演奏でした」と畳み掛けてくる女性に、ピアノは子どもの頃に3年ほど習っていたこと、そして現在再開して4カ月であることを告げる。
すると、「ピアノ習われてみていかがですか?」と聞かれたので、「今はまだ、音を出すのに精一杯」と伝える。
「素敵なピアノライフを」との言葉を背に聞き、会場を後にした。
それにしても、いくらご商売とはいえ、ヨイショが過ぎますよヤマハさん。
でも、悪い気はしなかったなぁ。
私の演奏、けっこうイケてるのかもな~んて調子に乗るおかめなのであった。