ども、麻婆豆腐は肉マシで作る岡田達也です。

 

 

 

 

WBC侍ジャパンが

 

日本中を大興奮に巻き込む数日前

 

Mリーグのレギュラーシーズン全日程が消化された。

 

 

僕が、Mリーグ創設当時から応援している

 

『KONAMI麻雀格闘俱楽部』が初の首位通過を果たした。

 

まだまだセミファイナル、ファイナルと先は長いので

 

安心している場合ではないが

 

ひとまずはホッとしている。

 

 

(私の今一番の推し4人)

 

 

今日から麻雀の話をする。

 

大丈夫だ。

 

誰も付いてこられなくていい。

 

そのつもりで書くから。

 

 

 *

 

 

麻雀を覚えたのは高校生の時。

 

クラスメイトの森くんに教わった。

 

 

森くんはとても優秀な生徒で

 

成績は常に上位に位置し

 

先生方からの信頼も厚く

 

クラスでの人望もある子だった。

 

 

当時(昭和50年代後半)

 

「麻雀」なんて世間から白い目で見られる遊びだった。

 

そりゃそうだ

 

博打の代表格だったので

 

ダメな大人たちのダメな遊びという印象でしかなく

 

真面目な人はやらないイメージがあった。

 

 

だが

 

あの、

 

マジメな、

 

森くんが、やっているのだ。

 

彼が誘ってくれているのだ。

 

 

「……森くんがやっているなら手を染めても良いんじゃないか?」

 

「あの森くんがやっているんだぞ? それだけで免罪符になるんじゃね?」

 

「万が一のことがあって、担任の竹本先生に見つかったら殺されるかもしれないけど

 

(竹本先生はヤ○ザ顔負けの迫力のある先生だった)

 

いざとなったら森くんの陰に隠れれば大丈夫じゃね?」

 

「俺と違って森くんは信頼が厚いし」

 

「あの森くんだぞ?」

 

「あの」

 

「森くん」

 

「森」

 

「も」

 


僕は完璧な言い訳を用意した心づもりになって

 

森くんから麻雀を教わった。

 

(それくらい後ろめたかったんです)

 

 

すぐにハマった。

 

とにかく面白いのだ。

 

運に左右される部分を多分に持ち合わせているゲームだけど

 

それでも

 

自分を読み

 

相手を読み

 

場を読み

 

風を読み

 

空気を読み

 

ずっと頭の中をフル回転させながらゲームを進めていくのは

 

何回やっても……

 

いや、

 

やればやるほどハマっていった。

 

 

勝てないというのは、

 

思い通りにならないというのは、

 

こんなにも悔しいものなのか……

 

 

僕たちは学校帰り

 

毎日のように麻雀牌がある誰かの家に立ち寄っては卓を囲んだ。

 

 

で、

 

幸か不幸か

 

我が父・隆夫さんも麻雀牌を持っていた。

 

ま、その種類の人間であったと思ってもらっていい。

 

だから我が家でもよくやったものだ。

 

 

当時、我が家が「雀荘・岡達」と呼ばれていたことは

 

内緒しておいてほしい。

 

 

 

 

 

つづく