ども、井上尚弥選手に憧れる岡田達也です。

 

 

 

 

 

昨日のつづき。

 

 

 *

 

 

失礼な言い方になるが

 

“場末の雰囲気をブンブン漂わせている新潟の寿司屋さん”で

 

富山の駅弁の、

 

しかも、ますのすしを、

 

お通しとして出された僕は、

 

「これはいったい……」と思いながらも

 

それをつまみにしてビールを飲んだ。

 

 

とーー

 

カウンターの左端に座っていたおばちゃ……

 

お姉さんが、僕に声をかけてきた。

 

 

「お兄ちゃん」

 

「はい」

 

「あんたも東京の人か?」

 

「いや、ちがいます」

 

「……東京だろ?」

 

「生まれは鳥取です」

 

「でも、そっちのあんちゃんと同じで、東京から来たんだろ?」

 

 

この人、負けず嫌いなんだろうか?

 

 

「そうですね。今は東京に住んでますけど」

 

「ほらみろっ!」

 

「……」

 

「あたいの言った通りだろ?」

 

「……」

 

「だって、そんな顔してるよ」

 

「……」

 

「東京に出て、一山、当てようと思ったんだね?」

 

「いえ、別にそういうわけでは」

 

「いいから、いいから!」

 

「?」

 

「全部言わなくても、あたいにはわかるよ」

 

「はぁ」

 

「あたいには見えるんだよ、人の人生が」

 

「……」

 

「あんたは田舎から東京に来てーー」

 

「……」

 

「そして失望した」

 

「……」

 

「あたいと同じだよ」

 

「……」

 

「あたいもねーー」

 

「……」

 

「あのとき東京に出ていかなければーー」

 

「……」

 

「今ごろは、この人(大将)とーー」

 

「……」

 

「いや、やめておこう」

 

「……」

 

「むかしむかしの話だよ」

 

「……」

 

 

お姉さんは、

 

ビールを飲んだ。

 

 

隣を見ると、

 

南塚は、

 

神妙な面持ちで、

 

お姉さんの話を聞きながら頷いていた。

 

 

正面を見ると、

 

大将は、

 

変わらない微笑を浮かべたまま、

 

切り分けたますのすしを、

 

そっとお姉さんに差し出した。

 

 

 *

 

 

おおおおおぉぉぉぉぉぃぃぃぃぃいいいいい!!!!!

 

おおおおおぉぉぉぉぉぃぃぃぃぃいいいいい!!!!!

 

おおおおおぉぉぉぉぉぃぃぃぃぃいいいいい!!!!!

 

 

そのますのすし、出すの?

 

お姉さんに出しちゃうの??

 

南塚が持ってきたお土産ですけどっ!

 

たしかに!

 

大将がもらったものですから、大将がどうしようと勝手だとは思いますけど!!

 

でもねっ!

 

寿司屋でねっ!!

 

駅弁のますのすしがお通しで出されただけでもけっこうなインパクトありましたよ!

 

それだけでも十分なのに!!

 

素知らぬ顔で隣の客にまで出すんですか???

 

大将っ!

 

大将っ!!

 

その笑顔は本物ですし、人柄もまちがいなく優しい方だということもわかりますけどっ!!!

 

なんか納得がいかないんですけど!!

 

 

それからなっ!

 

南塚っ!!

 

何を真剣な顔して頷いてるんだよ???

 

おまえはアクションを人に教えてるときだけはまともな人間だけどっ!!

 

それ以外のときはただのパッパラパーな人間じゃね~かっ!!

 

何をマジメな顔して相づち打ってるんだよ???

 

つ~かっ、助け船出せよ!!

 

俺、困ってるだろ??

 

ここで何て言うのが正解なんだよ???

 

知ってるんじゃないのか???

 

 

それからなっ!

 

おねえさ……

 

いや、

 

おばちゃんっ!!

 

まさかとは思うがっ!!

 

毎夜毎夜!

 

カウンターに座った見知らぬ一見さんを捕まえて!!

 

同じ話を聞かせてるのか???

 

「むかしむかしの話だよ」って言って、ビールをのむ姿を人に見せてんのか???

 

「あたいにはわかるよ」って言って、人の人生を見抜くふりをしてるのか???

 

俺だって、居酒屋で見知らぬ人と知り合いになるのは嫌いじゃないよ!

 

嫌いじゃないけど!!

 

あんたのつまんね~話だけを押し付けられるのは御免なんだよっ!!!

 

どうせしゃべるなら、面白い話をしようぜ!!

 

 

 *

 

 

ますのすしをつまみ

 

お味噌汁を飲んだ。

 

まともなにぎりは食べなかった。

 

 

お店を出て、僕は南塚に言った。

 

「俺は何を確かめれば良かったんだ?」

 

「いろいろです」

 

「一つだけ言えるのはーー」

 

「はい」

 

「旅先で何度も行く店じゃない、ってことだ」

 

「そうですか」

 

「うん」

 

 

お店の場所も、名前も覚えていない。

 

スマホなんかなかった時代の話だ。

 

僕の記憶の中にだけあるお店だ。

 

 

もしも、あなたが新潟に旅して、

 

少し薄暗い寿司屋の暖簾をくぐり、

 

店内の電気が節約されていて、

 

板場の大将がニコニコと笑みを浮かべていて、

 

カウンターの左端で女性が一人で瓶ビール飲んでいるのを見かけたら、

 

そこは

 

僕と南塚の思い出の店だと思ってもらって間違いない。

 

 

 

 

 

では、また。