ども、新潟県村上市の鯖が大好きな岡田達也です。

 

 

 

 

 

みなさんにとっては、どうでもいい話かも。

 

でも、自分では書き留めておきたいと思った話なので書いておくことにする。

 

 

まだ新潟が残ってはいるけど、今公演のお話。

 

 

 * *

 

 

『ぼくのメジャースプーン』では

 

「秋山先生」という役をやらせてもらっている。

 

 

この原作が、いったいどれほどの人に読まれているのか想像もつかないけど

 

日本中に読者がいるのは間違いないし

 

きっと秋先生のファンという方もたくさんいらっしゃるだろう。

 

そしてその人の数だけ「秋先生像」があるのだと思う。

 

 

原作を読んだ秋先生のイメージというのは、もちろん僕の中にもある。

 

では、

 

「舞台上で自分がそのイメージ通りに演じられているか?」と問われれば

 

答えは「ノー」だ。

 

 

「……それは、おまえの演技力の問題だろ?」

 

「役のイメージを再現する力が足りないんじゃないか?」

 

などなど、言いたいことはたくさんあるだろうし

 

僕もそれは否定しないが

 

(そこは否定しておけ)

 

ひとまず聞いてほしい。

 

 

“確信的にずらしている部分”というのがある。

 

 

まず。

 

僕自身が舞台上でしゃべってるピッチは、

 

僕の思う秋先生のしゃべりよりかなり速い。

 

僕が原作を読んで思い描く秋先生は、もう少し穏やかで、緩やかなイメージだ。

 

 

「じゃ、なぜ、自分の思うスピードでしゃべらないのか?」と訊かれれば

 

「今やっているのは演劇だから」という答えになる。

 

 

芝居って、

 

僕の経験上、

 

役者のやること(演技)が、お客さんの思考の少し先を走っていることがとても大事で

 

お客さんとの呼吸はピッタリの方がいいんだけど、

 

思考のスピードに関しては

 

俳優の方が少しだけ先回りしながら、

 

お客さんがそれを観て想像力を働かせる、くらいのスピード感。

 

 

僕の経験上というか、多くの演出家も、先輩たちも言ってたことだから、たぶん間違いない。

 

だから、「少しだけ速く」という考えになる。

 

 

これが映像なら話は違ってくるだろうけど

 

舞台で、穏やかで、緩やかなセリフが続くのは

 

お客さんを寝かせるには打って付けの条件になる危険性も含むし。

 

 

もちろん、速すぎてもダメで。

 

以前、とある舞台で

 

登場人物全員がマシンガンのようにセリフを捲し立てる芝居を観た。

 

そのスピードは圧倒的で

 

とてもじゃないが自分ではマネできないレベルではあった。

 

ただし

 

本人たちはちゃんとしゃべれているんだろうけど

 

客席では聞き取れないセリフが多すぎて、

 

僕は途中で聞く努力を放棄してしまった。

 

そんなパターンもある。

 

 

芝居ってのはなかなかに難しいものだ。

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

追伸 その1

 

 

新潟公演の情報です。

 

 

 

 

追伸 その2

 

まだまだお待ちしています!