ども、正解だった岡田達也です。
昨日のつづき。
*
灯油臭い玄関を上がって廊下を歩いていると、スリッパがツルっと滑った。
幸い、ひっくり返って後頭部を強打し、54年間の記憶をなくすような事態にはならなかったが、危ないところだった。
僕はしゃがんで、目線を下げ、廊下に光をあてて見た。
……なるほど
灯油がこぼれたと思わしきポイントがいくつかあるが
犯人は証拠隠滅のため
モップを使ってテキトーな拭き掃除をし
結果、廊下全体に灯油が伸びただけ
といったところか。
窓という窓が開けてあるのはこれまた証拠隠滅にちがいない。
モップを嗅いでみた。
……バリバリに灯油臭くなっていた。
どうやら私の推理に間違いない。
風呂場からはのん気な犯人と思わしき人物の鼻歌が聞こえてくる。
仕方ない
今のうちに片付けてしまおう
僕はフローリングシートを取り出し、せっせと床を磨き始めた。
*
10分後。
パンツ姿の犯人が風呂場から出てきた。
僕は床を拭きながらストレートに尋ねた。
「灯油、こぼした?」
犯人は得意の言い訳を始めた。
「ちょっとだけなぁ! ちょっとだで! ホンのちょっとなぁ!」
「……」
「ストーブの灯油を入れようとして、タンクを持ち上げて廊下を歩いたら、ほ~んのちょっとこぼれとっただが!」
「……」
「でもなぁ、その後、モップをかけたで!」
「……」
「時間を置いて4回もなぁ!」
「……」
「4回なぁ!」
「……」
「時間を置いてなぁ!」
「……」
「(もしも前回給油したのがおまえならば、責任はそっちにあるという目をしながら)フタがキチンと閉まってなかったみたいでな!」
僕は犯人の言葉を聞きながら、黙々と床を磨いていた。
何も言わない僕にシビレを切らしたのだろう。
犯人は呆れたように言った。
「そんな、大ばえせんでもええのに」
*
おおおおおぉぉぉぉぉいいいいいぃぃぃぃぃ!!!!!
おおおおおぉぉぉぉぉいいいいいぃぃぃぃぃ!!!!!
おおおおおぉぉぉぉぉいいいいいぃぃぃぃぃ!!!!!
ばえてるんじゃね~よ!
映えてるんでもね~よ!
灯油まみれの床をインスタにアップするつもりなんかね~し!!
誰かさんがこぼした灯油をっ!
ただただ拭き取ってるだけですけどっ!!
そりゃね、誰だってこぼす時はこぼすし!
俺だって、粗相はいっぱいやっちゃうし!
それがダメって言ってるわけじゃなくて!
「灯油をこぼしてしまった。すまん」って一言言ってくれれば!
こっちでやることやりますよ!
なんでダラダラと言い訳しちゃうかなっ!!!
*
鳥取弁で「ばえる」は
「暴れる」「騒ぐ」を意味する。
僕は大騒ぎなどしていない。
ただ、黙って床を掃除しただけだ。
その姿が「大騒ぎ」に見えたのだとしたら、犯人はよほど後ろめたい気持ちだったのだろう。
そろそろストーブしまおうかと思う。
では、また。
追伸 1
本文中の「犯人」は、父・隆夫さん(86)です。
追伸 2
日曜日、午後8時からです!