ども、息子役の岡田達也です。

 

 

 

 

私には、隆夫さんという父(85)がいる。

 

 

いろんな意味で

 

サザエさんに負けない

 

素晴らしいキャラクターの持ち主である。

 

 

 * *

 

 

「さぁ~て、今週の隆夫さんは!」

 

「隆夫、米を研ぐ」

 

「隆夫、床を磨く」

 

「隆夫、メシを食う」

 

「の、3本ですっ!」

 

 

 * *

 

 

一昨日のこと

 

 

一週間のうち4~5日はパチンコ屋に出勤する隆夫さんだが

 

その日は出かける様子がなかった。

 

僕は訊いた。

 

「あれ? 今日はパチンコに行かないの?」

 

隆夫さんは憮然とした表情で言い放った。

 

「行かんわよぅ! 行くわけないわよぅ! 家でジッとしとるわよぅ!」

 

「……」

 

毎日のように通っているくせに

 

行かない日だけは

 

まるでパチンコが人をダメにするギャンブルのような扱いをし

 

行くか行かないかを尋ねただけの僕に向かって

 

「聖人君子の私に向かってなんてことを聞くのかね?」

 

とでも言わんばかりに、露骨にイヤな顔をする。

 

本当に不思議な人だ。

 

 

 *

 

 

「じゃぁ、今日は送らなくていいのね?」

 

「ええっ、ええっ! 家におるけぇ!」

 

「わかった。じゃ、ご飯の買い物に行ってくるね」

 

と、ここで隆夫さんが言った。

 

「米、研いでおこうかえ?」

 

 

隆夫さんが台所でできる、数少ない炊事の一つが「米研ぎ」だ。

 

この人に米を研がせると

 

シンクに米粒をボロボロとこぼすので

 

それはそれでこちらのストレスにもなるのだが

 

だからと言って「いいよ、やっておくよ」と甘やかすのもよろしくないと考えた僕は言った。

 

 

「研いでくれたら助かるけど。いいの?」

 

「やるわよぅ! 研いどくわよぅ!」

 

「面倒だったらいいからね」

 

「米くらい研ぐわいなっ! それに少しはなぁーー 」

 

「なに?」

 

「動かないけんっ!」

 

「……」

 

 

米を研ぐのは立派な運動だと言い張るのである。

 

僕は運動生理学に精通しているわけではないが

 

お米を研ぐのに必要な消費カロリーは、おそらく低いんじゃないかと思う。

 

米を研いで汗を流している人を見たことがない。

 

 

言いたいことはたくさんあった。

 

が、

 

宿題をやってない子供に向かって「宿題をやりなさい」と言うと

 

必ず「今からやろうと思ってたのに!」と、子供のやる気を削いでしまうというのは全国共通だ。

 

 

“言葉は、その使い方を間違えると、人のやる気を奪ってしまう”

 

 

「……じゃ、お願いするね」

 

「あぁ、研いでおくけな! 一合でええかぇ?」

 

「うん、一合で大丈夫」

 

「5時30分に炊ければええかぇ?」

 

「うん、それで大丈夫」

 

「研いどくけなぁ!」

 

 

……いい

 

……大丈夫

 

そんなに何度も言わなくても

 

ただ米を研いで、スイッチを押してくれたらいいだけなんだ、お父さん

 

 

「固めに炊くけなぁ!」

 

「うん」

 

「固めが好きだけなぁ!(笑)」

 

「……」

 

それは不満ですか?

 

僕が毎日炊いているご飯が柔らかいと言いたいのですか?

 

僕も固めが好きだし、父の好みは熟知しているつもりです

 

いつだって、ふっくらとして、それでいて固めという、絶妙な炊きあがりに仕上がっていると思っていますが……

 

 

僕はすべての言葉を飲み込み

 

「よろしくね」とだけ言い残し買い物に出かけた。

 

 

 *

 

 

帰宅後

 

 

僕の顔を見た隆夫さんは弁解するように言った。

 

「まだ米は研いどらんけなぁ! これからだけぇ! これから研ぐけ!」

 

……いやいや

 

いつだっていいんですよ

 

晩ごはんに間に合ってくれたらいいだけなんですよ

 

僕は研いでないことを責めようなんて思ってないし

 

だって、まだ夕食まで時間はたっぷりあるじゃないですか

 

 

「やるけな! 研ぐけなぁ!」

 

……いや

 

だから、そんなに主張しなくてもいいんですって

 

 

「一合、研ぐけなぁ!」

 

いや

 

わかりましたから

 

やる気は十分伝わりましたから

 

あとは行動で示してくれーー

 

 

「でもなぁ、たっちゃんが研いでくれてもええで」

 

……えっ?

 

……聞き間違いか?

 

 

「研いでくれるんだったら、やってくれてもええだで」

 

 

……

 

……

 

おおおおおぉぉぉぉぉいいいいいぃぃぃぃぃ!!!!!

 

おおおおおぉぉぉぉぉいいいいいぃぃぃぃぃ!!!!!

 

おおおおおぉぉぉぉぉいいいいいぃぃぃぃぃ!!!!!

 

 

なんだよっ!

 

なんなんだよ、その手のひら返しはっ!

 

あのやる気はどこに行ったんですかっ???

 

あの宣言は何だったんですかっ???

 

あの会話は何のためにあったんですか???

 

「動かないけん」って言ってたのに、めっちゃソファの上に寝転がったままじゃないですかっ!!!

 

 

それになっ!!!

 

「くれてもええで」ってなんですか???

 

「ええで」?

 

「ええで」?

 

何が?

 

何がいいんですか?

 

「君がどうしても米を研ぎたいなら、その仕事は譲ってもいいよ」ってことですか?

 

「そこまでやりたいなら、やってくれてかまわんよ」ってことですか?

 

 

私!

 

一言も!

 

米を!

 

研ぎたいなんて!

 

いっ・て・な・い・ん・で・す・け・どっ!!!!!

 

 

 * * *

 

 

なぜ、人の心はこんなにも動くのだろう?

 

 

僕は米を研ぎながら

 

家族の存在について

 

自分の心の弱さについて

 

父のキャラクターについて

 

じっくり考えてみたけど

 

何も明快な答えは得られなかった。

 

 

 *

 

 

生きるとは

 

こうしたことの連続なのかもしれない。

 

 

 

 

 

では、また。